仕事のボーナスでタコ足を所望したジェイドが食べられるだけの話。
タコ足姦。交接腕、結腸責めの描写有り。苦手な方はご注意下さい。
水音が鼓膜を叩く。ぴちゃり、という淫靡な響きだけが部屋を満たしている。アズールの肌の上を赤い舌が這っていく度、身体中へ毒のような熱が溜まっていく。滑る様に足先まで舐め上げられれば、喉の奥が音を鳴らした。
伏せられていた睫毛が揺れて、隙から二色の瞳が覗く。かぱりと大きくその口を開き、アズールの足に食らいついた。鋭い歯が見えてぞくりとするが、痛みはやってこない。口一杯に足を頬張る姿に、高まる衝動を隠すべく、全身の筋肉がびくびくと震えた。
「……はぁっ」
呼吸が急いた。興奮したような荒い呼吸を聞いたジェイドが笑う。その振動が舌や喉から伝い、また体が震えた。味わう様に動かしていた口蓋を足先が撫でてしまう。
「ん、ぅ」
色めいた声がその喉から漏れる。必死で足先まで律していれば、彼は照れたかのように微笑みながら口を離し、もう一度、肌に舌を這わせた。
薄い唇が不揃いの吸盤に食いつく。いい加減、頭が茹だりそうだ。どうしてこんな事に、と渦巻く熱から逃げ出すべく、アズールは目を固く閉じ、冷静な思考を回し始めた。
事の発端は、ついぞ数日前。
「特別ボーナス、ですか」
「ええ。今回のお前の働きは素晴らしかったですからね」
長らく頭を悩ませていた依頼がすっきりと片付いて、アズールは実に機嫌が良かった。久々にこざっぱりとした机へここぞとばかりに肘を付き、目の前で所在なさげに指を組むジェイドを笑顔で見つめた。
「今回の依頼については、僕も貢献いたしましたが……やはりフロイドの働きによる物が大きかったと思いますよ」
「そんな事は知っています。すでにフロイドにもボーナスは与えました」
「おや、そうでしたか。これは失礼いたしました」
褒められれば一歩退く。そんな態度にも慣れ切っていたため、今回は先にフロイドへボーナスを渡していた。
顎に手を当て、ご褒美に悩むジェイドの姿に、先刻のフロイドを重ねる。同じようにしばらく思い悩んだ彼は、突然飽きたように投げ出して、『たこ焼き』と短く要求した。最初は靴だの服だのと色々雑誌を見せてきたのに、相変わらずのムラッ気である。
さてこいつはどうだろうか、と暇に乗じて予想を巡らせる。星に願う訳ではないのだし、煙に巻く真似はしない筈だ。山を愛する会らしく登山用具か。もしくは燃費の悪い腹のために願うか。さして思い悩んだ様子ではないジェイドを見て、結局そう予想した。
そこで丁度ジェイドも案を固めたらしく、視線をアズールへ戻して読めない笑顔を作り、言った。
「決めました。タコの足がいいです」
「ああ、はい。タコの足ですね……足?」
つい頷きかけて、やめる。予想の一つが的中したなと思ったが、どうやら違う。直近でフロイドの適当な要求を聞いていたから、比較してニュアンスが異なるとすぐに分かった。
「タコではなくて、足だけ? ……カルパッチョにでもするんですか?」
しかし一応、便宜的に問う。ジェイドは「いいえ」と首を横に振った。
「それも魅力的ですが、切り刻まなければならないでしょう? 貴方に怪我をさせてしまうのは本意ではありません」
「……僕に、怪我?」
相対する男は胸に手を当て、従順げに首をこてりと倒す。言葉に混ざる意図の違和感に、段々と勘付き始める。隠しても付き合いの長さゆえ判ってしまう、純粋な微笑でない目元も、擡げた可能性を肯定している。
「ああ、すみません。分かりにくい表現をしてしまいましたね」
そして彼はにっこりと、一分の隙も無い爽やかな笑顔で、はっきりと言ったのだ。
「アズール。貴方の足を食べさせて頂けますか?」
言われた直後は耳を疑ったし、断った。しかし『絶対に噛まない、怪我はさせない』と契約までも話題に上げるものだから、うっかり許可してしまった。繰り返すが、この時、アズールの機嫌はとても良かった。それが全ての原因だとも言える。
翌日には陸上呼吸の魔法薬を作りながら、ふと我に返って、もしやとんでもない事を許可したのでは?と考えたりもした。更に翌日にジェイドを部屋へ呼び出した時も、疑問符が胸中を占めていた。
ただし最後の最後、変身解除を行う時には、期待の眼差しを向けてくるジェイドに少し気分が良くなっていた事は否定できない。
「何か考え事ですか?」
と、これまでの経緯を振り返っていた頭が現在へ戻される。離れていた体温に気付いて、大分現実逃避が捗っていた事を知る。
「ええ、まあ。少々後悔と反省をしていました」
「それはそれは……貴方が後悔だなんて珍しいですね。ぜひ僕にもお聞かせ下さい。お手伝いいたしますよ」
言いながら吸盤に軽くキスをする。それだけで今の言葉が皮肉だと分かる。こんな時ばかりはこの器用さが疎ましい。
「……で? どうです、僕の足は。美味しいんですか?」
仕返しのつもりで不躾に問うと、彼は愉快気に笑んでから、再びアズールの足を口に咥えた。吸盤の一つずつを確かめながら丁寧に舐められていると思えば、ちゅうと粘液を絞るように吸われてびくりと肩が跳ねた。目線がアズールへ向いて、くすっと笑う。そのまま喉を見せつけるように上下させて、粘液を飲み下した事を教えた。
「ええ、とても」
ぱかり。口を開けば、舌や歯から粘液が垂れていた。アズールは奥歯を噛んで、今にも暴れ出しそうな八本の足を動かないよう制御する。
「……お気に召したようで、何よりですよ」
言葉が切れ切れになるのをどうにか誤魔化す。すると彼はまたにこりと微笑み、アズールの頬まで腕を伸ばした。
「拗ねないで。僕が気に入っているのはタコ足だけではありませんよ」
「別に拗ねてませんけど」
「ふふ。そうでしたか、早とちりしてしまいました」
ぬるついた手が頬を包んで、離れる。伸びる透明な糸に喉を鳴らした。それが聞こえたであろうジェイドは手近な足を恭しく持ち上げて、足先に口付ける。それから口を開けて、舌の上へ導いた。
「いっ……!」
上顎が降りてきた瞬間、痺れが走る。痛みに似ていた。噛み付かれたかと思い他の足がジェイドを取り囲む。しかし唇が持ち上げられれば、違うと分かった。鋭い歯先が表皮に触れただけ。ともすれば突き刺してしまいそうな切っ先を、理性で以て制御し、甘く噛んだらしい。
「すみません、怖がらせてしまいましたか?」
ふふ、と嘲笑混じりに言われる言葉に、いつも通り言い返す思考と共に、それと反した行動命令を脳の信号は下す。唇で足先を挟み甘噛みを続ける捕食者の健気な姿に手が伸びて、揺れる髪を掬った。ぴた、と相手の動きが止まる。
「全く、うっかり噛み千切らないで下さいよ。そのまま気を付けてくれるなら構いませんが」
邪魔にならないよう耳に掛けてやれば、にこやかだった表情がなくなり、甘噛みが止まる。想像と違う反応だったのだろうかと思うと、少し気分が良くなる。動揺に逸れた目には別の感情が煽られるが蓋をした。
「あ、……んむ」
自分のペースへ引き戻すよう、ジェイドは再度足を口に含む。別の足を手で撫でながら、ぺろりと吸盤のない裏側を舐め上げられて、「あっ」と声が出てしまった。咄嗟に口を塞げば、彼の目が嘲りに細まる。それが決定打だった。
わざとだ。わざとアズールの情欲を煽り、欲に抗い耐え忍ぶ様を見て嘲笑している。それが今回の要求の本質なのだ。理解が及べば、本能へ流されかけた思考へ意地が帰ってくる。口から足を引き抜いて、腕でジェイドの体を押して引き離す。ずるりと抜け出した後の口はぽっかり開いて、ぽた、と唾液が垂れた。目を逸らす。
「どうしました? せっかくのご褒美ですし、ゆっくり味わっていたのに」
「もう十分でしょう」
軽く息が上がったのを隠しながら言う。ジェイドは残念そうな顔を作り、何かを言い募ろうとしたらしい。然して開いた唇は「ふ」と小さく息を漏らした。口角が震えている。
「でも、この子は僕を離したくないと言っていますよ」
愉悦に笑んだ目が、彼自身の腰元を見遣った。つられて視線を向けてぎょっとする。
吸盤のない足先が、彼の腰を這っていた。
「うわああ!?」
彼の手が触れる前に、ベルトの隙を潜り込もうとする不埒な足を両手で引っ張った。全力で手繰り寄せた後は動かないよう他の足の間へ隠す。顔の紅潮が治らない。くすくすと笑うジェイドが、床を滑りながら近付いてアズールの隠した一本を覗き込む。
「なぜ隠すんです? 可愛らしいじゃないですか」
「待っ……やめろ、ジェイド!」
彼はアズールが逃げられないよう胸元へ寄り掛かってきたかと思うと、その手を蠢く足の間へ差し入れた。白い指先がつうと柔い先をなぞると、身体中に強い電気が走る。思わず体が跳ねて、本能的にジェイドの頭を抱え込んで締め付けた。
「アズール、苦しいです」
「うるさい……!」
もぞもぞ動く髪が擽ったい。どうにかジェイドの腕を引き剥がす。しつこく伸びていこうとする足を他の足で縛り付ける。息が上がっていく。自らの反応が全てジェイドの思い通りだと思うと悔しくなる。
腕の力が緩んだと見たら、楽しそうに他の足を握った手指が少しずつ上へ上ってくる。腹を撫でて、胸に触れて、熱い頬を包む。愉快げに笑う表情がやけに色を含んでいる。ああ無理だな、と悟った。
「ねえ、食べさせて下さい、アズール」
暴れた足が他の足を突破してその腰に巻き付いた。手繰り寄せようにも遅い。欲を孕み潤んだ瞳に捕われては、辛くも理性を保ち続けていた糸も容易くぷつりと切れてしまった。
「……いいでしょう。これはご褒美ですからね。お前の望み通りにしてやる」
床を這いずっていた足をあげ、薄く開いた唇へ無遠慮に突き入れる。咄嗟にジェイドが口を大きく開いた。鋭い歯が刺さらないようにだろうと考えたら、楽しくて堪らなくなる。腰を撫でていた柔らかい足がまたベルトの隙を抉じ開け始める。
「ぅぐ、ふ……は」
粘膜に包まれた足が頬の内側を撫でると、それを愛撫するように触れて余裕げに微笑む。煽られるままその足先を奥へ滑らせる。未だ表皮を撫でてくる長い舌を押さえながら、喉を拓く様につっついた。
「んっ、ぐ」
するとジェイドは苦しげに呻いて、柔く触れていた足を引き剥がそうと引っ張った。その彼の腕に、別の足が巻きつく。手首の血管に吸盤が吸い付けば体が跳ねる。他の足を掴んでいたもう一つの腕も絡め取って、更に喉奥を擽る。
「う、ん、っふ」
今度は自由な脚が動いてアズールの胴を押した。余る足でそれすらも絡め取れば、もう身動ぎをする事しか出来なくなった。四肢を吸盤で縛り上げ、余った足はするりと背筋を撫でる。側に寄ってベルトに手を掛ければ、息苦しさに濡れた目がアズールを見た。
「……これを期待していたんでしょう?」
バックルが外れ緩んだスラックスに柔らかい足が滑り込む。それは尾骶骨を撫でながら下へ潜っていく。
苦しげに涙を零しながら見詰めてくるジェイドに、口内を荒らす足をちゅうと甘える様に吸われ、ぐ、と引き絞った喉が欲に濁る音を出す。すると、足を頬張る口元に笑みが浮かんだ。
未だ相手が優位に立つ気でいると分かると、控えていた嗜虐心が浮き上がった。唇にやわやわと食まれていた足をずるりと引き抜く。
「っはぁ……おや、終わりですか? 残念です、もっと楽しませて頂けるかと思ったのですが」
栓が抜ければ滔々と棘のある発言が溢れる。しかしそれにこそアズールは笑みを深めた。その口の前で足先を揺らしながら、束縛する足の力を少し強める。腕を伸ばして彼の長い脚を胴の方へくっつける様に折り畳み、より距離を縮めた。
「まさか。安心して下さい、メインディッシュはこれからですよ」
折り畳まれた膝を掴んで、ぐっと左右に広げた。縛る足でその位置のまま固定すると、ジェイドは「おやおや」とまた揶揄うつもりで笑う。しかし目が合った瞬間に、その笑顔は引き攣った。
彼の目に写った自分の顔に思わず笑ってしまう。そこには、あからさまな欲望が宿っていた。
「ア……アズール、冗談ですよ。貴方はこのような稚魚の戯れ事を本気にするほど短絡的ではないでしょう?」
「僕もそう思っていたんですがねぇ。存外、子供っぽい所があるみたいです」
「……冗談でしょう」
尾骨を彷徨っていた足が臀に滑る。ぬるりと粘液が秘部に触れて、ひ、と怯えの声を漏らしたジェイドの四肢が暴れる。
「やめて下さい! 裂けてしまいます! 二度と僕との交尾が出来なくなってもいいのですか!?」
「大丈夫ですよ。お前なら」
「何がですか。ちょっと、アズール……! っ……!」
抵抗を制しながら、戯れに足先をつぷりと差し込む。息を呑んだのが分かると、面白くなって何度も抜き差しを繰り返す。するとジェイドは呼吸を殺しながらも脚に力を込めて逃れようとした。巻きつけた足で縛って止めていたが、意識を遊ぶ足へ向けていたせいで緩んでいたらしい。僅かな隙から暴れた脚が抜け出して、結果、振り抜いた踝がアズールの頬を思い切り蹴り飛ばした。
「ぶっ!」
「あっ」
痛みにひりつく頬を庇えば、犯人はしまったという顔をする。咄嗟の行動だったのだろうし、まさか抜けるとも思わなかったのだろう。自分自身で驚いた反応を見せながら、アズールと目が合わない位置で視線を彷徨わせている。
「……ジェイド?」
太腿を押し付けるように掴めば、ジェイドは一瞬息を止めて、無言でにこっと微笑んだ。それから大人しく脚を畳んで、ちらりと様子を窺う目線を寄越す。謝る気は無いが許されたい。そんな不遜な思いが透けて見える。アズールもにっこりと笑顔を返した。ジェイドの顔が青くなる。
「アズール、大丈夫ですよ。少し赤くなっているくらいで、歯も折れていませんし」
「でも、とっても痛いんですよね。お前の脚力のおかげで」
「いえいえ、アズールの膂力と比べれば大した物ではございません」
「そうですか、そんなに僕と遊びたいんですね。では付き合ってやらなくては」
圧倒的不利に置かれて尚も下手に出ない相手に呆れる反面、その在り方故にアズールも好き勝手振る舞えるという事に感謝の念も抱いていた。改めて腕と脚にタコの足を巻き付けて拘束し直しながら、ウエスト部に手を掛け軽く引っ張る。ジェイドはやはり青い顔で勢い良く首を振った。
「アズール、アズール。いけません。一度裂けたら復元しないんですよ」
「裂けませんよ。まぁ万が一流血沙汰になっても、慈悲深い僕が治癒魔法でどうにかしてやりますから」
「万が一が起きない様に止めるのが慈悲という物では? 貴方が怪我をさせたなら治癒をするのは義務ですよ」
つい先刻まで逆の立場で楽しそうにしていた癖に、反転するとこれだ。容赦なくスラックスをずらし、腿まで持ち上げる。ジェイドが何度もアズールに呼び掛けるが無視して、更に下着にも手を掛けた。後ろの方は先客の粘液で少し濡れていた。
「アズール! 本当にやめ……」
「そうだ、まずはこちらで解して差し上げます。それなら怖くないですよね?」
その粘液を指で掬い取り、足先を摘み引き抜いてから、濡れた指先で縁をくるりとなぞる。咄嗟にまた蹴ろうとしたのか脚に力が籠るが、ジェイドも言ったように、タコの足の方が膂力は上だ。本格的に焦ったのか、ジェイドは真面目な顔で諌める様に首を振っている。
「やめるという発想はないのですか?」
「あると思います?」
「…………はぁ」
縁を柔く押しながら言えば、諦観を含む溜息が聞こえてきた。同時に拘束した四肢の力も抜ける。
「良い子ですね」
三本の指で粘液を塗り広げながら、中指を縁から中へ滑らせる。保湿力の高い粘液のお陰か、いつもより滑り良く侵入した。自然の潤滑剤を纏った指が中へ入っていく。
「っ、ん」
わざと音を立てて掻き回し、内部の壁にも粘液を塗り付ける。中は拒絶する様に固く締め付けている。それを無理に拡げるように中を混ぜるのと同時に、余りの足を胴体へ巻き付ける。足先をそろりと伸ばして、既に立ち上がっている胸の中心を掠めた。
「あ、っく」
弾く動きで愛撫すれば、閉じていた中が柔く開かれ始める。その隙に薬指も侵入させて、ぐにぐに指を折り曲げながら中を荒らす。萎えていたジェイドの物が緩やかに反応しているのを確認して、また中を掻き混ぜた。
「ぅあ、っぅ」
「すごい、もう三本目が入ってしまいますよ」
「っ、駄目です、アズール……っ」
未だ抵抗の兆しを見せる手足を巻き付けた吸盤で吸い上げる。人差し指で濡れた縁を焦らす様に撫で、中指と薬指で中の小さな膨らみを捏ねながら、少しずつ指を埋め込む。
「ひ、……っぁ」
侵入を拒む臓器の弱い場所をぐりっと刺激すれば、その先を覚えた体は柔らかく開いていく。口では抵抗しているのに、と思うと、暗い優越感が胸を満たした。
三つ目の指も半ばを過ぎた辺りでジェイドの表情を窺うと、目を閉じて俯いていた。別の手で顎を掴み引き上げる。
「……そこまで怖いですか?」
余り顔に出ないジェイドの、耐え忍ぶように引き結ばれた唇で分かった。怖がっている時の仕草だ。一度指を止めて問うが、答えは返ってこない。取り敢えず指を動かしてみる。また唇が強めに閉じられる。
「まだ指だけじゃないですか」
「……じゃあ、腕を、離して下さい」
「腕?」
やっと言葉にしたと思えば、意図が良く分からない。殴りかかられるだろうかと憂慮しつつ、怖がられたままなのも嫌なので少し緩めてみる。途端に腕に巻きついていた足が振り払われて、そのまま両腕はアズール目掛けて伸ばされる。平手打ちか。急いで食い止めようと追いかけるが、スピードでは勝てない。諦めて衝撃に備えて歯を食いしばり目を瞑った。
しかし、想像した痛みはいつまで経ってもやって来ない。片目を開けると、やけに視界が広い。目標物を探し黒目を少し横に移動させたら、すぐそばに白い頸が見えた。
「へ」
固まっていると、肩にだらりと掛けられていた腕が弱々しく首に巻き付いてくる。首を絞め落とされるかと警戒してみるもそれだけだった。片手が背中の服に縋ろうとしたのか、軽く背中を引っ掻いた。それから緩々と上り、後頭部に触れ、髪をくしゃりと掴んだ。少しだけ抱き着いた腕に力が入れられて、体勢が前のめりになる。その拍子に挿れていた指が内壁を抉った。
「ふぁ、あっ……ん、アズール……」
鳴いて、指がきゅうと締め付けられる。砂糖水より甘い、脳を溶かす声が耳へ直接流し込まれる。甘える様に頬を首筋に擦り寄せる。全てがアズールの情欲を的確に煽っていく。
そして狙いを悟った。まだ煽って揶揄うつもりなのか。気付いたら対抗心が湧く。余裕の装甲を剥がしてやるために、指を入り口近くまで抜き、中が動いた瞬間に深くまで突き入れる。
「あっ、あぅ、んっ」
「っ……!」
また甘く鳴いて、首をより抱き込まれる。危うく挿れてしまいそうになって息を止めた。色々と理解されている相手ゆえか、どこまでも煽られてしまう。
素直に望んだ反応を与え続けるのも悔しく思い、緩慢に、焦らす動きへ切り替える。浅い位置で抽送を繰り返し、偶に少し深くして良い所を触る。その度に腕の力が強まる。
「あ、ぁ……ぅ、アズ、ル」
「はい、何ですか? 今日はお前の好きなようにしてあげます。なんでも言ってください」
普段から揶揄いでしか気持ち良いと言わないジェイドの事だから、どうせ文句でも言ってくる筈だと予想して告げる。口を噤むジェイドに嗜虐的な気分になって、優しく内壁に粘液を塗り付けてみたり、三つの指で中を開いてみたりと煽り返してやる。そこはもう充分すぎる程に柔らかい。ジェイドは弱々しく首を振って、また頬を擦り寄せた。
「ぅ、ん……アズール、アズール……」
蕩け切った様な声で何度も名前を呼ぶ。かぁっと顔に熱が集まるのを感じた。初めて聴く鳴き声に、この期に及んで尚、絆して逃げる気でいるらしいと気付いた。
段々と制御が効かなくなっている足が指を掻き分けて中へ侵入しようとしている。頭が沸騰しそうな欲の熱の中に、最早怒りが混じってきた。
「……あぁ、はい。分かりました。お望み通りにしてあげますよ」
腰を抱いて、中を荒らす指を引き抜く。それだけで小さく喘ぐ。いつも声を出さない癖に、と思い返して苛立つ。空いたそこから透明な粘液が溢れる。全てがどうしようもなく、誘惑している。そう分かっていても、意地を張って我慢するのは限界だった。後ろに向かって伸びる足が、待ち望んでいた解放を以って、臀の間を撫でる。焦った己の動きが浅ましくて笑える。
「ぁ、待ってくださ、い」
今更になって、ジェイドが弱く背中を叩く。首に縋り付いて、耳元に唇を寄せて。言動の矛盾に、は、と嘲笑した。
「そうやって僕を煽って、楽しいですか? 楽しいでしょうねぇ、自分の思った通りに興奮して、飾る余裕もない欲望をぶつけてくる馬鹿を見るのは」
「え? 煽っ……?」
足先が縁に触れた。ずるりと細い所が中へ入った。びく、と震えて、両腕でアズールにしがみ付く。お前のせいだからと誰にともなく言い訳をしながら、欲望の赴くまま、熱く蕩けたそこへ深々と突き刺した。
「ああああっ!? ぃ、あっ、あ!」
「痛くはないでしょう? だって、ほら、こんなに美味しそうに食べてくれてますよ」
一度浅い場所まで引き抜いて、また奥を穿つ。びくりと跳ね上がった腰を手で捕まえて、腕を解いて肩を押し、震える身体を床に引き倒す。それから尾骶を押し上げジェイドに見える位置に固定した。ジェイドは驚嘆に目を瞠り、否定するように首を振った。
「違いますっ、ぁ、もう裂けてるんです! アズール!」
「裂けてませんよ。よく見ろ」
「ぁ、っん!」
粘液でてらてらと濡れる縁を指で広げて見せる。そのまま交接腕をずぶずぶと無遠慮に出し入れする。抽送の度に透明な液体が溢れては床に溢れていく。ぐぐ、と押し付けながら縁を広げて吸盤のある太い部位を通したら、中がきゅうと締まる。ジェイドはずっと身悶えながら指を噛み、口を噤んでいる。
「どうしたんです? さっきまで恥も外聞もなく喘いでた癖に」
「んっ、ぅっ、うる、さっ……」
「何て言いました?」
「ぅっ、っんん! う、るさいと、言いましたが?」
「お前……よっぽど酷くされたいようですね?」
奥の壁に足先をぐりぐり押し付ける。固い壁がびくりと震えている。浅い場所を吸盤が抉ったのか、ジェイドの体が震える。それでも未だその装甲は崩れないで、必死になるアズールを見上げたその口元に嘲笑が浮かぶ。そこで怒りだか欲だか、もう分からない何かが完璧に切れた音を聞いた。
「……お前のせいだからな!」
「えっ、ぁ、待って!」
口元を隠す手首を掴んで床に留め、思い切り中の足を引き抜いた。大きく跳ねる身体を押さえつけて、杭を打ち込む様に深々と後孔に突き入れる。
「あっ、ああっ! 待ってくださっ、ぁ!」
奥の壁に叩きつけながら中を穿つ。声を抑えようと唇を噛みたがっているが間に合わせない。意図的に吸盤をしこりに擦らせ、軽く吸い付いた。
「あっ、ぃや、ぁっ! アズールっ、アズール……!」
やっと余裕を失わせたと思ったのも束の間で、涙を流して喘ぎながら、熱の籠った美しい目がアズールを見つめる。思わず見惚れると、掴んだ手に指が触れる。瞬間的に動きを止めてしまったら、ゆるりと目が細められた。
「っ……くそ!」
手を離して、指を折る勢いで握った。一瞬痛そうな顔をしたのに、すぐの嬉しそうに笑う物だから、頭がぐらぐら煮詰められた様に視界が濁る。
どこまで煽れば気が済むんだ。胸中で叫びながら、しこりを強く吸い上げ、柔らかい表皮で何度も内壁を擦り上げる。
「ああぁっ、ぅっん、アズールっ」
指を握り込まれる。潤んだ声が必死な様子でアズールを呼ぶ。そうすれば止まれなくなると分かってやっているのならば完敗だ。喘ぐ唇に噛み付いて、脳を焼く声を奪う。
「んっ、んんっ……」
くぐもって聞こえる嬌声すらも理性を殺してくる。舌で鋭い歯列をなぞりながら、粘液でどろどろになった口内へ侵入する。口蓋を舐めるだけで、ぐちゃぐちゃと淫猥な音が鳴った。あまりの興奮に目の前が涙で滲んでくる。唇を離すと、透明の糸が長く伸び、切れた。それがジェイドの肌にぽたりと落ちて、小さく声を上げる。
「ああっ、もう! 僕の負けでいいですよっ、だからっ」
「ぁっ、え? なんの、勝負を」
「どうなっても、お前の自業自得ですよねっ!?」
「は、貴方、どうして怒って、ああぁっ! 駄目、あぅっ!」
目一杯引き抜いて最奥まで突き刺したら、ジェイドの陰茎が揺れて先走りを散らした。更に奥へ奥へと足先を押しつけていく。別の足をシャツの下に入り込ませ、胴体をずるりと撫で上げて吸盤で肌に吸い付く。そのまま上半身を愛撫しながら、内壁の膨らみを潰して、繰り返し奥深くを穿っていく。跳ねる四肢は強く縛り上げられていて、霰もない格好で小さく震えるだけだった。
「あああぁっ! だめですっ、あ、あっ! もう僕、出ちゃいまっ、ぅぅうっ」
「いいですよ、ほら! 好きなだけ出して!」
「ぅあ、くっ、ぁあー……!」
ごつ、と深く叩きつければ、一際大きく身体が震える。中が強く足を締め付けて、力無く吐精した。アズールも歯を食いしばり射精感を耐える。代わりにのけ反った首筋に軽く歯を立て、もう一度足を浅い所までゆっくり引き抜く。
「ぁ、ぁ、駄目、です……まだ、動かないで」
「なるほど。抜くな、という事ですね? 分かりました、いつも頑張ってくれるお前へのご褒美ですから!」
「はっ!? 違います! 分かっているでしょう! あ、待っ!」
喉を舐め上げてから、軽く痙攣する腹に手を置き、ぐっと押した。首を振るジェイドを無視して、思い切り内壁を抉った。柔らかい肉が痙攣しながら自らを犯す足を包む。
「ああぁっ、ぅ! んーっ……!」
「おやおやジェイド、また中でイってしまいましたね! 気持ちが良さそうで何よりです!」
「はーっ、はぁっ……あ、なたに、異種族を犯す趣味が、おありだとは……思いませんでした、よ!」
何度も跳ねる腹を床に押し付け、胸元で足を滑らせる様に刺激する。それでも尚ジェイドは減らず口を叩き、もうずっと役に立たなくなっていた脚がアズールを蹴ろうとして空を切った。
「……へえ? 随分と余裕そうじゃないですか」
自分ばかり余裕が無いのに腹が立って拘束を強め、引っ掛けていたスラックスを剥いで投げ捨てる。それから限界まで開脚させて、床に膝を付けさせた。身体が柔らかいものだと場違いに呑気な感心をする。
「おや、貴方には全く余裕が無いみたいですね……?」
ジェイドの自由な手が縋る様にアズールの足を握った。怯えるような仕草をする癖に、目は笑っている。隠しきれない、といった様子で喜色が浮かんでいる。それに気付いたら、もう勝てないと悟った。
「そうですよ。そんなあからさまな物にすら煽られるくらいには、お前を抱く事で頭が一杯なんです」
「別に、煽ったつもりはなかったのですが……」
言いながら、今度は悪戯前の笑顔に変わった。繋いだ手を爪で甘く引っ掻かれ、擽ったくて浮いた隙に口元へ引き寄せられる。手の甲にキスをして、それから甘える様に頬を寄せる。
「貴方って……そんなに僕の事が好きだったんですね。勝手に煽られて頂けて光栄です」
言葉とは裏腹に、にやりと牙を見せて笑った。細められた黄金が恥に歪むアズールの顔を映し出した。
こんなに煽られたのは”分かられていた”からじゃない。どこまでも自分が、”そう”であるだけだったのだ。無理に上げた自らの口角がぴくぴく痙攣するのが見ずとも分かる。
「……ええ、ええそうですよ? 知りませんでした?」
「はい。だって、言われた事がありませんでしたから」
「そうでしたっけ? では今から教えてあげますよ。……覚悟は出来ているんでしょうねぇ?」
両手を掴んで、今度こそ床に縫い付ける。ジェイドはアズールを見上げて、楽しそうにくすくす笑う。中に挿れっぱなしになっていた足が動くと、それもぴたりと止まる。目の中に不安が混じるが、何をされるのか分からない状況を楽しんでいるようで、口元には笑みが残っている。
「っふ、ぅ」
抜かずにまた奥の壁に足を押し付ける。ジェイドは少し苦しげに息をした。軽く引いては押し付けて、緩い抽送で責め立てる。足先でくるくると結腸の弁をなぞってやると、漸く行動の意味に気が付いたようだった。喘ぐ呼吸をしながら真面目な顔で首を振る。
「ぁ、アズール、それはいけません」
「どうしてですか? 怪我をさせるつもりはありませんよ。僕はお前が『大好き』ですから」
揶揄う心算で、耳元で甘く囁いた。ぴく、と僅かに反応した後、顔を見ると幸せそうに微笑んでアズールを見つめていた。
「おっ……まえ、なんて顔して……」
すぐさま身を起こし、真っ赤になっているであろう顔を押さえて思わず呟く。すると、ジェイドもはっとした様子で咳払いをする。少し恥ずかしそうに目を泳がせてから、また首を振った。
「それはそれとして、ここは駄目です。僕、まだ死にたくありませんので」
「……死ぬ?」
「貴方が犯しているのは臓器なんですよ。それ以上だなんて、内臓が壊れて死にます」
言葉を理解して、茫然とジェイドを見下ろしてしまう。彼は至極、真面目な様子だ。本気でそう考え拒絶しているのだと認識したら、腹の奥から様々な感情が競り上がってきて、堪らず吹き出した。
「あっはっはっは! お前は可愛いですねぇ! ははは!」
「何を笑っているんですか。本当ですよ。少々勉強不足なのでは? アズールともあろうお方が……」
「ふっ、ふふ、勉強不足はお前です。まぁ、死ぬ程気持ち良くはなってしまうかもしれませんけど」
笑いの余韻に浸ったままで、身を起こしかけているジェイドの肩を押す。中でタコ足が畝るのに気付いて、青くなったジェイドが殴り掛かろうとする。
「だから、いちいち物騒なんですよ。大人しくしていろ」
それが届く前に足を巻きつける。一度は慈悲で離してやったが、今回は脚と同じく動かない様に頭上で縛りつけた。
「っアズール! 離して下さい! 本当に、これは……」
「怖くないですよ。あぁいや、意識は飛ぶかもしれないな」
「……ああ、もう」
諦めた様な声で目を閉じるが、未だ力が抜けきっていない。油断ならない奴だと思いながら、改めて四肢を握り直す。
交接の足を入り口までずるずる引く。瞑目した瞼がぴくりと動く。熱い頬を優しく撫でると、薄目が開いた。そうして、また深く突き刺す。
「っぅう、あっ……!」
驚いた時みたいに目を見開いて喘ぐ。ぐりぐり、奥の壁を押して抉じ開けようとすると、ジェイドの全身に力が入った。また瞼が下りてくる。頬から耳へ指を滑らせ、もう片方の手で腹を撫でた。
「う、ぅ、やめて……ください」
「大丈夫ですから、入れて下さい?」
「無理、です、諦めて下さい」
上半身を撫でていた足をシャツの下から抜き出して、腹を撫でる手でボタンを外す。一つ一つ外す度に、ジェイドの息が上がる。それは恐怖だけではないように思えて、アズールの呼吸も変になっていく。
シャツを開け放つと、空気に触れて鳥肌が立った。同時にぷくりと立ち上がった桃色のそれに手を伸ばす。
「っあ、ぁ」
きゅう、と軽く抓る。びくりと震え、顔を逸らされた。もう一方の飾りも抜いた足先でぬるりと撫でる。
「……ああ、良いみたいですね」
細い所で乳首を軽く摘み、小さい吸盤でキスする。腹が震えるのに合わせて、奥の弁も震えた。押し込むと、少しだけ弁が動く。
「ぁ、だめ、だめ……」
言葉と裏腹に、ジェイドの物は腹に付きそうな程に勃ち上がっている。適当に粘液を掬ってそれに指を絡める。ゆるく握りながら擦る。それと同時に中の足も引いては入れて、腸壁を優しく抉る。
「あっ、ぁん、ん、く」
「気持ちいいですね。そこに入れてくれたら、もっと良くしてあげますよ」
「あ、ぅ」
壁をノックするように柔く叩き付ける。微かに弁が動く。頭を撫でて、甘やかす様なキスを落として、「ジェイド」と甘く呼ぶ。ぐり、ともう一度壁に擦り付けたら、壁が少し開いた。
「無理、です、アズール! 何でも聞いて下さるんでしょう!」
「そうでしたねぇ。では、ここに入れた後、何でも聞いてあげますよ!」
「なっ、あ、ああ、いやっ」
ぎゅうと左右の乳首を摘み上げ足先で撫でながら、指で陰茎の先端を軽く抉る。そして深く穿った交接腕で、柔らかい壁を押しあけた。
「っぁ〜〜!」
ごぽり、と酷い音がして、柔い足の先が呑み込まれる。ジェイドの身体が痙攣し、内壁も収縮を繰り返す。指を置いた陰茎の先からはたらたらと白濁した物に混じり、透明な液体が吹き出している。
「ぁ、ぁ、っひ」
少し手前に引いただけで、どくどくと精が吐き出される。訳も分からずに涙を流し、呆然と喘ぐ姿に甚く興奮してしまう。結腸の入り口を細い足先でくるくる撫で回す。
「ぁぅ、ぅ、あっ」
「ほら、どうですか? 内臓、壊れてませんね?」
「分かり、ませ……ん」
「分かるだろう。痛くない時点で大丈夫なんですよ」
傷を付けないように、激しくならない速度で結腸を突く。ぐぽぐぽと壁を押し開ける度に精液が溢れ出る。ジェイドはずっと目を見開いて、延々と絶頂している現状を理解出来ず、ただ揺さぶられていた。
「あ、あっ、あっ……」
「ふふ、大分良さそうですねぇ」
つい数分前までの減らず口が嬌声に変わり、だらんと伸びきった手足は床を蹴るだけだ。アズールは怒りやら興奮を通り越して、とても気分が良かった。額に唇を触れさせて、蕩け切った目を覗き込んで微笑む。
「さて、どうして欲しいんでしたっけ? 今ならとても気分が良いので、何でも聞いてあげますよ?」
焦点のずれた目がふらふらとアズールの方を向く。あわよくば『もっと』だとか、いつもは聞けない強請りなどが聞けたらと期待して、一旦動きを止めて尋ねる。薄く開いた唇からは浮かされた吐息が溢れている。急かす様に中を軽く掻き混ぜると甘く啼いた。
「どうです?」
「……アズール……」
「はい、何です? ジェイド」
投げ出されていた手が緩く開いて、縛る足を弱く突っつく。はぁ、と息を吐いて、ゆるりと微笑む。
「抱き締めて、ほしい、です」
「…………は、い?」
思考が止まった。言われた言葉自体は理解出来た。出来たからこそ、頭が混乱を呈していた。目に映るのは粘液や精液やらで塗れて蕩けたジェイドの姿で、耳が捉えたのは真逆に純粋な。
「それだけ……ですか? ほ、他にもあるでしょう?」
もっとして、とか。脳内で付け加えながら恥ずかしくなってきた。ジェイドは少し考える素振りの後で、じゃあ、と口を開く。
「キスして、下さい」
それも理解したら、もう何も言えなくなってしまった。今口を開いたら、とんでもなく甘ったるい睦言が飛び出してしまいそうだったからだ。
「……ふふ。冗談、ですよ」
黙っていると、力無く笑って首を振った。再び手が握り込まれる。
「もっと……してください、アズール」
それが嘘だと言うのはすぐに分かった。一度深く溜息を吐いて、それから手足を縛る足を解いた。二色の瞳が瞠目するのを真っ直ぐ見下ろして、離した足で腰と背中を持ち上げる。そのまま浮いた背中に腕を回して抱き締める。目を閉じると、どくん、どくんと落ち着いた心音を感じる。暫くそうしていると、遠慮がちに背中に伸びてきた手が肩を掴む。
「ふふ」
耳元で蕩けた笑声が聞こえてきた。思わず潰す勢いで抱き締めながら目の前の肩を噛む。それから一度体を離して、笑う唇にキスした。舌を入れようとしたが思い留まり、軽いキスを何度も角度を変えて落とす。嬉しそうに細められた目がアズールをじっと見つめている。
「っは、ジェイド、お前もしかして」
最初から、本当にこういう事をするつもりじゃなかったのか。
問おうとしたら、今度はジェイドから抱き締められてキスをされる。喉から溢れそうな言葉を殺して、後頭部を掴む。奥の奥まで入り込んでいた足をゆっくりと引き抜き、八本の足でジェイドを抱きしめた。
「ぁ、……アズール、ふふ」
「……くそ」
背中を揶揄う様に引っ掻かれ、また欲が湧く。しかし今は無視して抱き締めた。
ジェイドの素直じゃなさを舐めていた。食べたいだなんて突拍子もない願いだと思ったが、そういえば最近は例の依頼が忙し過ぎて構っていなかったな、と気付けば答えが分かる。呆れてしまって溜息が止まらない。
「アズール、もっと」
「……何をですか」
「ふふ」
その呆れは何に対してか、なんて考えるまでもない。