快感を得る感覚が分からずに痛いとしか言わないジェイドと、自分がド下手なのではと悩みながら「気持ち良い」と言わせるべく試行錯誤するアズールの話です。
本番行為までしています。ご注意下さい。
※人魚が性的な感覚を知らない且つ性欲があまり無いという前提で書いています。
準備は万端だった。事前にやり方はあらゆるメディアを使って調査した。人体の解剖学も納得のいくまで頭に叩き込んだ。ベッドサイドの引き出しから、恥を忍んで購入したゴムと潤滑剤を取り出す。明かりは半分暗くして、フットライトだけにする。雰囲気形成も完璧だ。何ひとつ問題は無かった。そこまでは。
「ジェイド……」
「……はい、アズール」
二人でベッドに腰掛け、見つめ合って、どちらからともなく唇を合わせる。数回児戯めいたキスを繰り返して、さりげなく肩を押しシーツへ長身を横たえた。
ジェイドのどこか緊張した面持ちの中には期待が見える。改めて確認するように手を握れば、微笑みと共に握り返された。受容だ。ほっとする己を隠しつつ、ここ数日で叩き込んだ知識を探る。『焦ってやると怖がらせるので、出来るだけ余裕を持って』。教えに倣って、ゆっくりとした手つきでシャツのボタンを外していく。同時にジェイドもアズールのシャツを脱がせていく。彼の積極的な行動に昂るのを感じる。肌蹴たシャツから覗く白い肌に、心臓がばくばくと煩く鼓動している。全身に血が巡っていく。緊張感からごくりと喉を鳴らした。お互い口数が少ないせいで、それはより大きく響いた。
遂にシャツへ手を潜り込ませた。しっとりとした肌の上を滑らせると、ん、と鼻から抜ける甘い声がした。性急になりそうな動作を意識して抑えながら、ゆっくりと触れていく。また何度もキスをして、肌を撫でて、少しずつ下へ降りていく。ベルトに手を掛けると、ジェイドもまたアズールのベルトを外し始める。お互い指をもつれさせながらどうにか外して、邪魔な布を取り払う。剥き出しの肌を触れさせ合えば、もう我慢は難しい。
「……いいですね?」
「ええ」
シーツに転がっていたボトルを手に取って、蓋を開ける。逆さにすれば粘性のある液体が落ちてくるので、手のひらで受け止める。本で読んだ知識のもと、それを体温に馴染ませてから、もう片方の手でジェイドの腿を押し上げ、長い足を折り畳ませる。すると恥ずかしそうに唇を噛む割に、アズールの手から目を離さない。好奇心か不安感か分からないが、目が逸らされないなら良しとして、そっと臀へ指を這わせた。
「んっ……」
固く閉じた縁を解す動きで撫でると、ぴくりと体が反応を見せた。少し柔らかくなってきたら、少しずつ、小指から挿れていく。潤滑剤のおかげで多少滑りが良くなったそこを割り入りながら、腿を押さえていた手をずらして縮こまる頭を撫でた。それはそれは丁寧に、アズールは行為に及んでいた。間違っても傷を付けないように、ゆっくり過ぎるくらいにはゆっくりと。
「ぁ……はぁ」
「大丈夫ですか」
「はい……変な、感じはしますが……」
慣れない異物感に息を詰めていたジェイドが呼吸をする。やっと小指が根本まで入る。数度ゆっくり抜き差しをすると、ジェイドが「う、ぅ」とむずがるような声を出す。まだ頭を撫でながらキスを落とす。
「痛かったら教えて下さい」
絶対に痛くするつもりなどないが、それでも安心させたくて言った。投げ出されていたジェイドの手がシーツを柔く掴んだ。
小指を抜いて、今度は中指を触れる。入り口へ先だけを出し入れしてみる。ぴくっと体が震えるが、拒絶の気配はなかった。だからアズールは、無警戒に指を挿れた。解剖学で学んだ性感帯を思い返し、ゆっくり、しかし確実に中を探った。そして、指先がある一点を掠めた時、一際大きくジェイドの体が震えた。
「あっ、ぇ?」
そこが探していた部位と確信して、もう一度同じ場所を探す。腹の方へ指を折り曲げると、腸壁と違う感触に当たる。ここだ。ジェイドの腿を押さえ、不安そうな顔を見つめながら、ぐっと押し込んだ。
「痛いっ!」
「えっ」
魚のように体を跳ね上げて、色良い反応だと思った。しかし口から出た言葉は真逆で、アズールの浮かされていた思考がさっと冷える。
「痛いです、痛っ」
「す、すみません。強くしすぎました。次は優しくします……」
自分の握力を甘く見ていた。反省と共に指を脱力させて、前立腺らしき場所を撫でた。びくっと体が跳ねるのを見て、これは大丈夫そうだと思い、同じくらいの力でとんとんと叩く。
「あっ、う、痛い! 痛いです!」
「まだ痛いですか!? そんな馬鹿な……じゃあもっと弱く……か?」
更に指の力を抜いて、今度こそ極弱い力で、そっと触れる。ジェイドはシーツを強く握りながら、首を振った。
「痛いです……」
「……すみません……」
ジェイドが薄ら涙ぐんでいる。戯れかとも過っていたが、どうやら本気で痛いらしい。これ以上痛ませないようにと指をそっと抜くと、また「痛っ」と言った。
謝りながら後処理を済ませて、その日はお開きとなった。
◆
当然ながらアズールは落ち込んでいた。自分の下手さと、ジェイドの期待を裏切った事に。ただし、そこで終わらないのが彼だった。最初の倍以上に知識を掻き集めた。実践的な内容の本をこっそり入手して読破し、経験のある負債者と話をしたり、とにかく何でも見聞きした。
然して自分に足りなかった部分が補えたと思ったタイミングで、再びジェイドを誘った。前回の失敗が尾を引いているのだろう、渋々といった様子で了承されていろいろと傷付いたが、今度こそと意気込み、ジェイドを自室へ連れ込んだ。
再びベッドに押し倒してキスをする。ジェイドもアズールの頭に手を回して応えている。ここまではいい。新たに得た知識を以て、脱がせたシャツの下に指を滑らせる。
「……ん、んん」
腹や腰を触れるか否かといった距離で伝わせると、ジェイドがまた唇を噛んだ。
アズールが学んだのは、前戯。生来ウツボは長いこと戯れながら交わる生物なのだし、これが足りなかったのだと考えた。
頬を染めて目を瞑るジェイドの姿に、得意になりながら指を動かす。腹筋をなぞり、胸の先まで辿り着く。小さな突起を中心にくるりと円を描く。するとジェイドは「う」と身を捩る。
「あの、擽ったいのですが……」
その発言に、アズールはにっこり笑う。背けようとする体を押し留め、キスをする。何度も角度を変えながら唇を合わせ、舌で鋭い歯を舐める。驚いたように開いた口腔へ舌を差し入れた。奥へ引っ込んだ舌を吸うように絡めると、随分と気持ちがいい。口蓋を優しく舐めてやる。びくりと押さえていた肩が暴れた。その内、合間に漏れる息が苦しげな呼吸に変わり始めたのに気付き、口を離す。
「っはぁ、はあ、ふ……」
「すみません、呼吸の仕方を教えてやるのを忘れていました」
「わ、ざと、でしょう」
ジェイドは息を整えながら唾液の溢れる口元を拭った。慣れない行為に息を乱す姿に高揚感を覚える。元より完璧なこの男の隙を好むアズールにとって、性欲より何より支配欲に似たそれを満たすべく、必死に勉強してまで事に及んでいるのだから、蕩かすのに時間を掛ける事自体は全く以てやぶさかでなかった。
乱れた髪を直すふりをしながら耳に触れる。耳朶を軽く揉むと、その手首を掴まれる。目がやめろと訴えかけている。しかし声に出されるまでは無効だと、上体を倒して耳朶に口付けた。
「っう、アズール、やめてください。そんな、余計なこと」
軽く唇で挟み、伸ばした舌でピアスホールを弄ると、顔を振って逃げられた。想像通り、弱い箇所であるらしい。まだ息が乱れている。というより、ずっと息を詰めているせいで呼吸が整わないのだろう。
「余計? 一体どこがです。お前が痛くないように、僕が慈悲の心で、優しく触れてあげているのに」
「要りません……」
いつもの調子で言えば、顔を背ける。ジェイドの珍しい姿に笑みが溢れる。顕になった耳を口に含むと、また大きく反応した。外耳を舐めながら、止めていた胸を撫でる手を再開する。くるくるとなぞって、それから中心に触れさせた。優しく押し込めば、「ぁぅ」と甘い声がする。
「ああ、ここ、ちゃんと感じるんですね」
「違いま、ぁっ、ぐ」
くりくりと捏ねる度に声が上がる。ジェイドはそれを抑えようとして口を手で覆った。外させてやろうとも考えたが、今はちゃんと最後まで、と思い直す。耳から離れ、首筋にも舌を這わす。熱く脈打つそこに、ちゅう、と優しく吸い付いた。
「ぁ、待ってください、痛っ」
「……えっ? 痛い?」
そこでまた、二度目の抗議が為された。想定外の事態に頭が混乱する。痛くした覚えは全くない。いや最初もそうだったが。今度はじっと顔を見ながら、そっと弱く乳首を撫でる。
「んっ、ん、ぅう……痛いです」
「痛い……ですか?」
軽く身を丸めて震える姿は、たしかに痛そうにも見える。しかし、それ以上に、どうにも良さそうに見えて、語尾に疑問符が混じった。どう聞いても声は甘いし、表情だって苦悶とは違う色が強い。
しかし、嫌がる相手に無体を強いる趣味はない。手を止めて、この日も続きは諦め、溜まった熱は一人になった部屋でそっと処理した。
◆
自信満々で挑んだ二度目も失敗に終わり、アズールは更に気落ちしていた。そろそろ自分がド下手なのでは、と暗い考えを抱くほどにはショックを受けている。しかし、それでも、ジェイドの甘い声や乱れる表情をどうしても見たいという邪な心意気から、アズールは更に励んだ。長期的な計画で、時間をかけてでも痛いと言わせない交接を。そう密かな目標を掲げ、人間の男性の開発方法について調査した。
それから少し経って、三度目の誘いを掛ける。ジェイドは渋々、しかし期待半分といった様子で頷いた。それだけでもアズールのモチベーションは上がっていた。
今度は部屋へ導いた後、紅茶を用意して話をする時間を設けた。他愛のない話題で普段通りの戯れをすれば、ジェイドだけでなくアズールの緊張も解けてくる。問題点のうちの一つ、緊張のし過ぎによる力のコントロール不良を解消すべく行った行動だったが、目的以上に気分を高める効果もあった。
「ふふふ……それは面白い話ですね。お手伝いしましょうか」
「お前ならそう言ってくれると思いましたよ。ええ、その時が来たらまた改めて頼みます……ところでジェイド」
「はい? ……あっ」
読めない笑顔をシーツの上へ押し倒せば、すぐに崩れる。普段通りの雰囲気から、一気に色めいた空気に変わった。あのジェイドを組み敷いているのだと強く実感して、頬が引き攣るほどにやけてくる。するとジェイドがアズールの頬をぐいっと伸ばした。
「いひゃい、はなせ」
「僕をいやらしい目付きで見るのはやめて下さい……恥ずかしいです」
「う。……お前だって期待してる癖に、よく言いますね」
摘む手を外させて、そのままシーツへ縫い付けるように押し付けた。見下ろせば、常から回る舌が急に動きを止める。目が逸らされないのは不安であるが故なのか。安心させるためにも、まずは優しくキスをする。やはり、ここまでは受け入れてくれる。押し付けていた手がぎゅっと握り返してきた。
「今日は痛い事はしません。……今までもしたつもりは全くありませんでしたが」
経験のあるイソギンチャクに聞いた話を思い返す。『開発もしていない頃は何をしても痛いから、まずは絶対に気持ち良くなれる場所を触るべき』。また恒例通りシャツを脱がせ、そこには特に触れず、すぐにスラックスを脱がせた。性急にも思える動きに、ジェイドが分かりづらくも不安げな顔を見せる。
「痛くしません。信じて下さい、ほら」
額に、瞼にキスを落とす。それから唇に。ぺろりと唇を舐めると、今度はすぐに口内を晒した。どうやらキスは気持ち良いらしいと安心しつつ、前と同じように舌を絡ませ、口の中を愛撫する。合間に色良い声が聞こえる。ゆっくりと下着をずらして手を入れた。
「っん、んん?」
何をされるのか分からず少し抵抗を見せたが、アズールの手が後ろではなく前へ触れると大人しくなった。形を確かめるように撫でて、指で輪を作り優しく上下させる。ゆるく立ち上がり始めていたそれが少しずつ硬度を持ち始める。
ここであれば痛いはずがない、それが今回の作戦だった。男性器を刺激しつつ、他の性感帯を開発するのが定石だと経験者は語っていた。今回は前以上に自信があった。
「っ……ふ、ぅ」
ゆるゆると根本から先の方まで擦り上げる度に、抑えた息の漏れる音がした。それに気を良くして、緩急をつけてみたり、少し強めにしてみたりと遊ぶ。ジェイドはびくびくと体を震わせ、強く目を閉じている。その隙に胸に手を這わせ、そっと立ち上がった場所を撫でた。するとまた体が内へ丸まる。
「あっ、嫌、です」
「嫌? 痛くは、ないんですね?」
「ん、うー……痛いです、やめて下さい……」
赤い顔で、熱い吐息を漏らしながら、緩く首を振る。アズールはそろそろ疑念が浮かび始めていた。もう一度陰茎を擦りながら、胸部を優しく揉む。
「やめ、アズール……」
「もしかして、お前、僕としたくないのか?」
ついに疑問が口をつく。するとジェイドは驚いたように目を開けて、すぐ否定の方向へ首を振った。
「違います。僕だってちゃんと、あなたと楽しみたいんですよ。でも、どうしても痛くて……」
「そうですか……」
少し落ち込んだ様子のジェイドを見て、アズールは申し訳ない気持ちで一杯になっていた。やはり自分がド下手なのだ。
そして三度目も、そこで取り止める事にした。しかしお互い中途半端に盛り上がった熱を燻らせているせいで、ベッドの上に座して向かい合ったまま、なかなか立ち上がれない。
彷徨う視線がかち合ったタイミングで、そろそろと膝の上に置かれた手に自らの手を重ねる。
「ジェイド……その、触ってもいいですか?」
「あ……はい、ええ。では僕もあなたを触りますね」
赤い顔で微笑まれると抑えが効かなくなりそうだった。そちらからは目を逸らしながら、ジェイドの物に手をかける。
緩くも硬度を持ったそれを、自分でする時のように擦ったり、先端に引っ掛けてみたりして確実に追い詰めていく。ジェイドも息を上げながらアズールのそれに触れ、優しく撫でさする。まるで小動物を撫でているかのような手付きに、何だか妙な気持ちになる。擽ったいくらいに弱い刺激に、ふと疑問が湧いた。
「あなたって、普段こういう事はしませんか?」
聞けば手の動きが止まる。それから窺うように上目でアズールを見た。
「下手でしたか」
「下手というか、慣れていないと思っただけですよ」
「……ほぼ同義ですよね? ひどいです、僕はこんなに頑張っているのに……」
憂鬱そうな顔を作って溜息を吐く。嘘くさい動作だが、割と本心だろうとアズールは思う。
問いかけた時点でほぼ確信的ではあった。他ならぬアズール自身、ジェイドと親密になるまでは色事に全く興味が持てなかった。自分を慰める方法すらも、彼を暴くためだけに覚えたのだから。
ジェイドが再び手を動かす。今度はアズールに倣い、少し強めに擦り上げた。先端に引っ掛かった指に一瞬快感を拾うが、やはりもどかしい。アズールのために頑張るジェイドの姿を見るのはとても気分が良かったが、それはそれとして生殺しのようで辛い。
「ジェイド、一度手を離してもらえますか?」
「…………はい」
真顔で渋る様に笑いそうになる。下手であると思われて拗ねているらしかった。そんなジェイドの肩を引き寄せ、腰に腕を回す。やや強引に自らの腰へ近づけさせると、意図が分かったのか、上体を退いたジェイドが控えめにアズールの胸を押す。
「あの、これはちょっと」
「大丈夫ですよ。気持ちいいだけですから」
「そういう問題では……」
二人の腰を密着させると、自然にお互いの中心をも触れ合った。腰を揺らすと擦れて、びくりと薄い腹が動いた。アズールは自分とジェイドのそれをひとまとめに手の中へ収めると、ゆっくりと動かし始めた。
「は、ぁっ、っ……」
「ちゃんと息をして下さい。苦しいでしょう」
「ふっ……ぅん、ん」
震える肩を摩って諌めながら、二人分の陰茎を擦り上げる。零れる先走りが潤滑油代わりになって気持ちが良い。緩く腰を動かしてみると、微かな嬌声が彼の喉奥で鳴った。息が上がっていく。絶頂が近いと感じ、手のスピードを早めた。
「ぅあ、くっ、待ってくだ、ぃた、ぁ」
「え? っ、痛い?」
喘ぐ呼吸の最中に、また抗議される。快楽を追っていた身体が少し冷静を取り戻した。理性を動員して一旦手を止め、潤むジェイドの目を覗き込む。
「どこが痛いですか? 僕の方は全く痛みはありませんでしたが……」
「すみ、ません……少し、びりびりして」
「びりびり……?」
行為にそぐわない擬音に、つい繰り返してしまう。電気が走った時だとか、痺れた時に使う擬音。それを今、感じたという。アズールは眉を顰めながら思考していた。まさか自分が神経毒を有しているとでも言うのだろうか、と考える。確かにそういった種のタコもいるが、自分はそうではないはずだ。しかし、痺れることをした覚えは全くなかった。電気ウナギでもあるまいし。首を捻る。
その時、意識の外になっていた性器が刺激を受け取った。
「うっ、ん? ……ジェイド?」
「……何です?」
目の前に視線を戻すと、触れていないそれらが緩やかに擦れ合っていた。それから、腕を回していた腰が、揺れているのがすぐ分かるくらいには動いていた。その癖、刺激を求めて腰を揺らしている本人は、存ぜぬと首を傾げている。
「それ、無意識なんですか……?」
「だから……何がですか?」
「……ああ、くそ……! その『痛い』って何なんです!」
動く腰を強く引き寄せて密着する。びくっと腰が跳ねたのを押さえる。それから、自分の腰を少し下に引いて、突き上げた。ずり、と陰茎同士が擦れ、強い快感が迸る。
「あっ、あ! え、アズール? 突然何をっ、うぁ!」
「そんな顔して、何が痛いんだ! 意地を張るのも大概にしろ!」
「違いますっ、ぁ、僕、本当に痛くてっ」
本当の交接のように腰を押し付けながら動かす。ジェイドは首を振りながら、どうにか刺激を逃そうと苦心している。今度こそ、誰がどう見ても痛がっているようには見えなかった。目の前にある胸の飾りを口に含めば、更に彼の呼吸が詰まった。
混ざった体液がシーツに染みを広げていく。腕を下ろしたジェイドはシーツを破りそうな勢いで掴んでいる。腹の前でたまに外しながら、同時に上り詰めていく。一際強く腰を引いた所で息を止めた。
「んっ、っ……」
「あぁっ、ぅく……!」
視界が白んで、筋肉が弛緩する。身動ぎした身体の間でぐちゃりと水音が鳴り、白濁した体液が濡れたシーツを汚した。まだ先からぽたぽたとそれが垂れている。
何度も荒い呼吸を繰り返して整える。ジェイドが脱力した体をアズールに預けて、惚けたように嘆息した。
「ちゃんと、いけましたね」
「……痛いと、言ったのに」
「痛そうには見えませんでしたから、つい」
ぶすっとした顔をアズールに押し付ける。情事の直後に子供じみた所作を見せられると思考が混乱する。アズールはぽんぽん頭を撫でて、「すみませんでした」と半笑いになりながら言う。頭が更に強く押し付けられた。
「今度は痛いなんて言えないようにしてあげますよ。一緒に楽しみたいと言ってくれましたからね」
「……約束ですよ。破った時は自己責任……でしたか?」
「はいはい」
そうして三度目の挑戦は、それなりに進歩をして締め括られた。機嫌は損なったが、何となく謎の痛覚の解明に近付いた気がした。
◆
翌日、アズールは魔法薬学室で鍋をかき混ぜていた。図書館から借り出してきた薬学の本を片手に、材料を投げ込んでいく。それはほぼ痛み止めの配合であった。
先の約束を果たすべく、最初にとった方法は『魔法薬の力に頼る』だった。偶然にも得意分野で、教室も上手いこと借りられて、材料も丁度手元にあった。一人で作っているのは、フロイド含む他人に手伝わせる訳にはいかない案件であり、なおかつジェイドには秘密にしているからだった。
ぽんと小さく煙が出て薬品の完成を知らせる。汗を拭い、瓶に液体を詰めると、少し緊張感が生まれた。今回は確実に成功させられると確信していた。正確に表現すれば、この魔法薬の効能は"痛みを認識し辛くなる"という代物。痛覚を遮断する訳ではないため、本当に痛い時は分かる程度の鈍麻効果がある。これさえ飲ませれば、どんなにアズールが下手で痛点を刺激し続けたとしても平気だ。だからこそ期待感に混じって、上手く出来るだろうかという不安感が芽生えていた。これまでから考えればかなり贅沢な悩みである。
そして、満を持してジェイドへ四度目のモーションを掛けた。既に慣れた邂逅では、お互い笑う余裕が出始めていた。
「今のあなた、とても面白い顔をしていますよ」
「お前こそ、いつにも増して愉快な表情ですね」
揶揄いあって部屋にもつれ込み、ベッドに倒れる。戯れのようにキスをして、当然の如く舌を絡ませあった。まるで幾度も体を重ねた関係性のようだが、進んでいるのはここまでだ。それも今日で終わらせる。体勢を変えてジェイドの腹に乗った。
「痛くしないでくださいね」
「分かっていますよ」
確認する言葉にも余裕を持って頷く。ベッドの引き出しから潤滑剤の代わりに痛み止めを取り出すと、ジェイドが目を丸くした。
「遂に魔法薬に頼ってしまうのですね」
「あなたがそこまで痛みに弱いとは知りませんでしたからね」
「ふふ……すみません」
可笑しそうに笑うジェイドを見下ろしながら瓶を呷る。そのまま口付けると、ジェイドの唇がほぼ反射的に開いた。知らず笑みが浮かぶ。彼の当然をひとつ作り上げた達成感と、そこに伴う劣情を覚えていた。
口腔へ液体を流し込んでいく。ごくりと飲み込む動作が伝わる。全て飲ませ終えてから唇を解放すると、その口角は愉しげに上がっていた。
「一体僕に何を飲ませたんです?」
「さぁ、何でしょうね。あなたはどう思います?」
「そうですね……痛みを抑える物か、催淫剤の類でしょうか」
はは、と笑いながらぎくりとした。前者は正解、後者は今後の予定であった。流石の観察力と先回りだと感心するが口には出さない。誤魔化しの意味も含めて服を脱がせていく。ジェイドもアズールの服を脱がせる。最後までやらなくても服を剥ぎ取ってくるのは、積極性というよりも一人で脱ぐのが癪なだけだと最近気が付いた。下着姿で向かい合って、少し笑い合う。
まずは気分を高めるところから。手は指を絡めてシーツに押し付け、軽く額にキスをする。それから頬、顎、首、と次々下へ向けてキスを続ける。小さく反応しながら、今回もちゃんと手を握り返される。肩、腕、手にもキスをすると、ジェイドが擽ったげに身動ぎした。
「ん、ふふ。擽ったいです」
「そうですか、それは良かった。擽ったい場所は性感帯になる素養があるそうですよ」
「……待って下さい、手は日常生活に支障をきたします」
顔に出さず慌てる仕草を面白く感じ、逃れようとする繋いだ手に何度もキスをする。小さく吐息を漏らしながら身を捩る。擽ったいだけなのだろうが、まるで感じているみたいだ。本当に開発してしまってはいけないので途中でやめた。
一度唇に軽くキスしてから再び下っていく。喉、鎖骨、胸と唇を触れさせていく。
「ん……ん、アズール」
「はい。どうしました?」
「少し、変な感じがします。一旦やめて頂けますか」
「変?」
胸から唇を離してジェイドの顔を見る。困惑がありありと浮かんでいる。
「気持ちが良いわけでも、痛いわけでもないですか?」
「……よく、分かりません。あまり感じたことの無い感覚で、言葉での説明が難しいんです」
珍しく、本当に分からない表情をしていた。その様子に、アズールの中に可能性が浮かぶ。それ自体は初めから懸念として置いていたが、現実的な可能性の一つとした方が良さそうだと思い直した。
手を握り直して、にこっと微笑みかける。それだけで意図が伝わったのか、手が外れようと動くがどうにか捩じ伏せる。そのまま胸に口付けて、少しずつ尖りの方へずらしていく。
「待って、アズール! ぅ、今日はやめま、んっ」
「それ、『痛い』と言っていた感覚ではありません?」
「え? ……っぁ」
鳥肌と同時につんと立ち上がる小さな突起のそばに口付け、ちゅっと吸う。体が震えた。
「痛みを感じなくなる薬なんですよ、あなたが飲んだ物は」
「ぅ、っん……! やはり、そう……っですか」
「僕も気になっているんです。ジェイドが痛い、変だとらしからぬ事ばかり言う感覚の正体が」
何度か同じ事を繰り返してから、一方の手を外して、やや盛り上がり始めた彼の下着に手を伸ばす。柔く揉むと驚いたようにびくついた。弱い刺激を与えながら、口を開けて、見せつけるように乳首を唇に挟む。逃げる腹を押さえながら舌先で転がす様に舐めて、弱く吸い上げる。
「あ、あ、くっ、ぅ」
「……ジェイド? また腰、揺れていますねぇ」
「は? 何がです、っうぁ……!」
指の間をくすぐり、胸の中心を舐め上げる。弱い刺激が辛いのか、腰が手に押しつけるように揺れている。これが意地でないのなら、アズールはほぼ自らの予想の正解を確信していた。
一度手を止める。そこでジェイドはやっと自分の意識外な動作が分かったようで、驚いた顔で自らの下半身を見つめた。同じ歳の幼馴染、しかも獰猛な捕食者だというのに、無知な子供に強いているかのような心持ちになるのが少し面白い。
「後ろを向いて頂けますか?」
「……後ろですか」
何故、と言葉にせずとも伝わってくる。一旦上から退いて無言で見つめていると、気まずげに目を逸らして背を向けた。その背中をそっと押し倒せば、彼は咄嗟に腕をつく。その間に腰を引っ張り上げて、膝立ちにさせた。
「なんですか、この体勢は」
「そんな、疑いの目を向けないで下さいよ。悲しいじゃないですか。僕はただ、その感覚の正体を教えてあげたいだけなんです」
「それと現状に何の関係が……あ」
会話に集中している隙に下着をずらす。抵抗の前兆が見えたので、すぐに性器をやわく握った。ゆっくり上下させながら自分の下着もずらして、一方の手で腰を掴む。
「は、は……っ」
「ちゃんと息をしなさい……これ、前にも言いましたね」
彼の頭が下を向く。触れた肌が震える。ちらりと自分の下半身に目をやった。大丈夫だ。陰茎を撫でる手を離して、小刻みに動く腹に移動させる。
そして、微かに震える内腿の間に、熱ごと腰を打ちつけた。
「あっ!?」
油断していたらしいジェイドの口からひっくり返った悲鳴が出る。この間と同じ、陰茎同士が擦れた刺激。しかし、それ以上に、良い所に擦れるようだった。腰を引いて、打ち付ける。ゆっくりと、しかし強く大きく動く。肌同士のぶつかる音が響いている。震える肌に包まれた熱が昂っていく。
「あっ、あっ、ぁ」
「っはぁ、は……ふふ。これは確かに『変』かもしれませんねえ」
人間の交接に程近い動作に高揚し、腰を掴む手に力が入る。上体を倒しながら打ち付けると、また擦れる角度が変わって気持ちが良い。片手で胸を撫でて、立ち上がる尖りをぎゅっと摘んだ。
「あぁっ、痛、え? 違、なに」
「痛いとは違いますね? これは一体何なんでしょう?」
「う、あっ、ん……! 分かって、いるならっ、教えて下されば、いいじゃないですか」
「教えても、ちゃんと理解して頂かないと意味がないでしょう?」
少し引っ張って二本の指で捏ね、別の指でその頭頂を撫でる。泣きそうな声色になってきた。腰を掴む手を少し後方にずらし、臀を撫でる。手のひら全体で揉んで、横に引っ張り、広げた後孔を親指で押す。力が抜けているせいで少し柔らかい。
「んっ、あ、うぅっ……!?」
「ここは、痛いんでしたっけ? 今は痛み以外にも、何かありそうですねっ!」
「うぁ……! く、ぅっん、んー……!」
押し込む動作でぐりぐりと縁を弄る。また首を振って、与えられる混乱に対処しようとしている。そろそろ限界が近いのだろう。アズールも同じだった。少し動作を早める。肌を叩く音が大きくなる。指の先端が、つぷりと孔に入り込んだ。
「あぁ、あ、あ……っ!」
「くっ……!」
指を軽く動かして中を刺激すると、縮こまった長身が大きく震えて、汚れたシーツに向けて白濁が放たれる。内腿が締め付けられ、アズールも続けて精を吐き出した。
腕の力が抜けたジェイドがシーツに頽れる。荒くなる呼吸を深呼吸で落ち着かせて、ふふんと笑う。完全に気持ち良いと感じていたはずだ。これで解決した、と思った。
「これで分かりましたね。お前の痛みの正体。良かったですねぇ、これで一緒に楽しめますよ」
「…………せん」
「え?」
荒い呼吸の合間に、力無い声が聞こえた。思わず聞き返すと、振り返りもせずに、少しだけ顔を上げて言った。
「全く分かりません。痛みを誤魔化しているだけで、正体が分かる筈がないでしょう?」
「…………はぁ?」
上下する背中と、跡の残るベッドの上、感情を殺すいつもの声がした。疲労の最中に返ってきた言葉に呆れて溜息が出る。
「痛みを無くしただけで、何もないのにこうなる訳もないでしょうが」
「生殖器を刺激すれば射精するのは当然です。人間の体はそういう風に出来ていると習いませんでしたか?」
「お前な……」
息を整えたらしいジェイドが体を起こす。まだ白い肌が赤みを帯びている。どの口が言うんだ、と頭を抱えた。自ら理解させる為にやった行為が、まさか固い意地を刺激するとは。思わないでもなかったが。これは頑なになるパターンだと分かる。
「……わかりました。今回は、そういう事にしましょうか」
とりあえずは認めさせるのを諦めて、次の約束を取り付ける事にする。
情事の痕跡が残るシーツを取り替えながら、これといった表情を出さずに服を着替えるジェイドを横目で見る。意地であるのも、分からないままなのも、恐らく本当なのだろう。アズールも理解までに時間が掛かった事を思い出す。幼い頃から触れてこなければ、新たな感覚を覚えるのはとても難しい事だ。
時間をかけてでも。掲げた目標を思い返しながら、不機嫌な幼馴染の頭を撫でた。
◆
数日後、またアズールは大釜をかき混ぜていた。教室には鍵を掛けて、厳重に人払いも行った。机上に広げた本には強化魔法薬がずらりと並んでいる。うち一つを見ながら、普段触らない材料を入れていく。桃色の煙が甘い匂いを充満させている。既に変な気分になってきた。
今回作成しているのは五感強化の魔法薬を少しアレンジしたもの。いわゆる催淫剤の効果があった。褒められた事ではないため、こっそり夜中に教室を借りていた。ぼん、と立ちのぼる煙も如何わしいように見える。こそこそ小瓶に詰めていると、下半身が誤作動を起こしているのに気付き、困るのと同時に作戦の成功を今度こそ確信した。何度も確信しては失敗を繰り返したアズールだからこそ、これは間違いないと分かる。緊張に心臓を震わせながら、どうにか下半身を諫める。
そして準備が整えば、ジェイドに五度目の誘いを掛ける。アズールの余裕たっぷりの態度に、ジェイドは不安を見せながらも了承した。そわそわしながら夜を待って、逸る気持ちで手を引いて部屋へ招き入れる。前回までと逸脱した高揚感を見透かしたらしいジェイドが訝しげにしつつベッドに座る。
「今日は何を企んでいるんですか?」
「企むだなんて。僕は純粋にあなたと時間を共に出来るのが嬉しいだけですよ」
予め用意しておいたポットから紅茶を注ぎ、満たしたカップをサイドテーブルに置いた。アズールもカップを持ち、彼の隣に腰掛ける。目が合ったのでにこりと笑えば、同じ笑顔が返される。
「お気遣いありがとうございます。こちらの紅茶はどういった物でしょう?」
「あなたの好きな銘柄を用意しました。お気に召しませんでした?」
「いいえ。ただ、知らない香りがする、と思いまして」
恭しく持ち上げたカップに鼻を近付けて言う。アズールは笑顔を保ったまま、自らのカップに口をつける。丁度良い温度のそれを飲み下す。やはりジェイドが淹れる方が美味しいと思いつつ、半分に減ったカップを見せてやる。するとジェイドは不思議そうに目を丸め、カップに視線を落とす。アズールの様子を窺って、それからやっと口をつけた。
少し話をしながら紅茶を飲み終え、テーブルに戻すと、すぐにまたキスをする。舌を薄く開かれた唇の間に捻じ込めば、それだけでジェイドの体が跳ねる。引き剥がそうとするのを制して、これまで通りに口蓋を舐め上げる。
「んっぅ、んん……っ!」
以前までよりも随分と反応が良い。効き目は上々、と思いつつ、自分自身も同じである事にやや危機感を抱いていた。舌を絡ませるだけで気持ちが良く、貪る行為をやめられない。胸を叩かれ、背中側の服を引っ張られて、やっと我にかえり彼の息を解放した。
「はぁっ、はあ、げほっ……」
「大丈夫ですか? すみません、気持ちが良くてつい我を忘れてしまって」
態とらしく言いながら、慰めるように背中を優しく摩る。ジェイドはびくっと体を揺らして、ベッドの上へ後退する。その顔は既に真っ赤だ。
「……やりましたね、アズール」
「あなたの為じゃありませんか。素直になれない可哀想なジェイドに、ちゃんと気持ち良くなって欲しいという献身ですよ」
「頼んでいませんが」
口だけは笑っているが目は違う。ジェイドは半ば睨みながら体を丸めた。しかし、それでもアズールの部屋、ひいてはベッド上から逃げ出そうとしていない事が全てだ。マジカルペンを取り上げていない現在、本当に嫌であればとっくに戦闘になっている。
だから、これは戯れ。近づくアズールを牽制するように枕を抱き締めて護身する。アズールも枕を引っ張って取り上げようとする。力比べになり、枕が引き千切れそうだと思い緩める。判断力の落ちている隙を狙って腕を伸ばし、枕に顔を埋める首筋を指でつうっとなぞった。
「あぅっ……」
枕に嬌声が吸い込まれる。何度も首を撫でながら枕を引っ張れば、簡単に引き剥がす事に成功した。
「こういうのも楽しいですがね……そろそろ、いいでしょう?」
「……あなた、自分も飲んだんですね」
理解出来ません、と目が雄弁に告げていた。それは笑って流し、枕を一旦横に置いて、シャツに手を掛ける。しかしシャツを押し上げて主張する存在に気が付くと、脱がせる前にそちらに触れた。まずは、ぐにっと押し込んでみる。
「あっ!? あ、や、やめてくださっ、んぅっ」
「おや、すみません。触って欲しそうにしていたものですから」
「んん、んぅ、うっ……」
左右に揺らしながら捏ね回していると、口を押さえて身体をくねらせ逃れようとする。両手で摘んで爪先で引っ掻けば、高い声を上げて腕を突っ張った。
「痛いです! やめて下さい!」
「痛いんですか? そうですか……僕にはそう見えないんですけどね?」
「あっ、ん……あぁ! っ、アズール!」
無視して触れながら、やっとボタンを外す。露わになった肌が火傷しそうな程熱い。布越しではなく直に触ると反応が強まる。声を押さえるためにアズールの進行を妨げる腕が退く。
指で乳首を弄りながら、口元を覆う手の甲に唇を落とす。固く閉じていた目が開くのを見届けると、ベルトを引き抜きスラックスを下着ごとずらした。おそらく無意識で、脱がせやすく上げられた腰に脳が茹だるのを感じる。自らの服も暑さに負けてすぐに脱ぎ捨てた。
既に立ち上がっている陰茎を優しく握る。ジェイドは体を丸めて息を殺す。苦しそうだと思い、口を押さえる手を掴んで、無理矢理に外させ、弱い力で擦り上げる。
「ぁ、ぁ、っ離して、くださ」
「だから、ちゃんと息をしろと言ってるでしょう。僕はお前を苦しませたいんじゃなく、気持ち良いと言わせたいんですよ」
「っ……ん、あ、はぁ、は、あ」
そう言うと余計苦しげな表情で目を逸らされる。しかし呼吸をする努力が見えるので、一度手も離してやると、その手は口元へはいかずにシーツを掴んだ。いじらしい動作に気持ちが昂っていく。触れてもいない自分のそれが硬度を持って腹に当たった。自らの浅ましさに呆れながら、震える肢体を見下ろして、仕方がないとも思った。
少し強めに擦り、先に引っ掛けながら先端を指で撫でる。先走りの溢れる口を塞ぐように弄ると、悲鳴と共に腰が高く上がった。
「あっ、それ、痛いです、痛い……うあっ、あ、あ」
「なるほど……」
「ひ、ぇあ、あっ! 何でっ、やめてくれないんです!」
「だって、ほら。お前の方から追い掛けてくるんですよ。突き放すなんて可哀想な事、僕にはできませんから」
びくびくと高い位置で揺れる腰を掴み、ジェイドに見えるように持ち上げてやる。すると、さっと顔を青くして身を捩り逃げようとする。その下に枕を突っ込んで、元の高さへ固定した。
「あ、い、嫌な予感がします。取ってください」
「無いと負担が増えますよ。いい加減、僕に身を任せて下さい」
起き上がろうとする腹を押さえながら、先端部を優しく弄る。次々と液体が漏れ出してくる。手のひらは竿を刺激し、上端はそれに合わせて押す。
「嫌、痛いです、あぁ、あっん、んー……!」
「大丈夫ですよ。痛くないですから」
泣きそうなジェイドの頭をあやすように撫でながら、水音を立てて手を動かす。倒錯的に思えてにやつく頬が抑えられない。ぐりっと先を軽く抉ると、ジェイドが口を開けて掠れた音を出し、小さく痙攣しながら吐精した。
「はぁ、はぁ……ひどいです……」
「ひどいですか? じゃあ、この先はお前に恨まれるかもしれませんね」
「え、先? 先もやるんですか……そうですよね、アズールも何故か服用していましたし……はぁ……」
引き出しからゴムと潤滑剤を取り出す。これを使うのは最初以来だった。調査は随分としたが、それでも実践は二度目。アズールは緊張を表に出さないように潤滑剤を手のひらに出した。人肌に温め、脱力するジェイドの腿を持ち上げる。抵抗はされないものの、目がやや鋭い色を持っている。気付かないフリをして、広げた足の間に手を滑らせる。
「っ……ぅ」
一度目の行為が尾を引いているのか、それだけで眉を顰めてシーツを強く握った。白くなる指先に手を重ねる。臀の間を優しく滑らせながら、改めて唇を重ねる。少し指の力が緩む。
濡らした後孔の縁をゆっくりと撫で、揉み解す。一度達したためか、柔らかく、すぐにでも指は入れられそうだったが我慢する。小指の先だけ挿し入れて探り、入り口を解す。塞いだ口から音が漏れたので離してやると、ただそれだけの刺激にも小さく喘いだ。
「痛くないですね?」
「ぁ、分かり、ません」
「焦らず、ゆっくり覚えていきましょうか」
その方が長く、知らぬ感覚に怯え困惑する顔が見れる。頭に浮かぶ不埒な本音が透けないように努めて優しく囁いた。耳に触れた息に反応して震えるのも気分が良かった。アズールは、実際現状を心底楽しんでいた。
小指を抜いて、中指を挿れる。薬の効果もあるのか抵抗が少なく入っていく。潤滑剤で濡れた中が微かに指を締めたのにどきりとする。ジェイドは顔を顰めていた。しかし、吐精したきり触れていない性器は立ち上がり始めている。中を間違っても傷付けないように、そっと前後に動かす。
「っふ、ふ……ぁ、ぁ」
一度目では違和感しか無いという反応を見せていたが、やはり催淫効果によるのか、段々と声に色が混じっていく。既にアズールの物は張り詰めていたが、強靭な理性で制御する。
馴染んできたら、少しぐるりと回し探る動きをする。息を殺した声がしたので、もう一度頭を撫でる。そのまま何度も撫でながら、もう一方の手は中を探る。そして、また腸壁と違う感触を見つけた。
「……ここ、触ってもいいですか?」
少し膨れているそれの周囲をなぞりながら、頬に触れて唇を撫でる。ジェイドは一瞬首を振ろうとしたが、その部位に指が当たるとぎゅうと指を締め付け静止する。混乱していると思いつつ、助け舟を出す気はなかった。
わざと掠るように動かしていると、ぶんぶん首を振って、それから迷いのない右ストレートで殴りかかってきた。
「うわあっ!? 危なっ! 何するんですか!」
「もういいです、やめましょう、こんな不毛な事。僕達、体の相性が悪いんですよ」
「何でそういう無駄な知識はあるんですか? やめるわけないでしょう。相性が悪いなら良くなるまで続けます」
暴れる右手をどうにか捕まえて、力尽くでベッドに押し戻す。なお力の緩まないジェイドの手を握り、思い切りしこりを押し潰した。
「ひっ、あぁぁ! 痛いっ、痛いです、あぅっ!」
「痛いですねぇ、でもお前の生殖器はそうでは無さそうですよ」
「あ、あぁっ! 知りませっ……ぁ、嫌です、背中、痛っ……あ、あっ!」
痛みを堪えるように背中を丸めて、思い切り顔を歪めている。前立腺を叩く度にびくりと腹が痙攣し、性器も嬉しげに震える。
「ここが痛いんですか? 可哀想に、撫でていてあげましょう」
「ぃ、あ、いいです、触らないで」
ベッドから離れている背中を摩ってやると、それですら感覚を拾うようで、苦しそうに喘いだ。指を一度しこりから離し、入り口の方まで引き抜く。きゅうと中が収縮している。緩く締まった中を、割り入るように突き入れた。
「あああっ、あ、痛いっ」
「大丈夫、僕がいますからね。痛くないですよ」
「痛いですよ、あなたのせいでっ……あ、あ、んっ」
何度も抜いては突き入れて、少しずつ中を開いていく。ぐるりともう一度中で回して、十分に柔らかくなっていることを確認してから、薬指も増やして挿し入れる。
「いや、ぁ、増え、て」
「増やさなければ拡がりませんからね。気長にやっていくつもりなのでご安心を」
「なにも、安心、できませ……ぅん、んっ」
ごくゆっくりとした動作で二本の指を動かしていく。抜く度に潤滑剤か腸液が溢れる。それを別の指で掬い、突き入れるのと同時に入り口まで押し込む。既に三本目も縁は受け入れている。しかし慎重を期して、二本の指で中を優しく掻き回す。
「ひ、う、ぅあ、あっ」
「痛いですか?」
「痛いですよ、ずっと、びりびり、して」
「ふふ……それは良かった」
耳朶を擽りながら、指を引き抜く。追い縋る様に蠢いた孔に口角が吊り上がるのを感じる。シーツに転がしたままの潤滑剤を取って、また手の上に出す。そこにポケットから取り出した小瓶の中身も混ぜた。軽くなったそれらを投げ捨てて、再び後孔に塗りつけた。優しく二本の指を挿して、中にも塗りつけていく。文句を言うような喘ぎ声が、段々と大きくなる。
「あっ、あっ? うぁ、待ってください、変です」
「という事は、痛くはないんですね。よかったです」
「痛いです、さっきより、痛くてっ……」
動かす度にぐちぐちと音が鳴る。十分に解れ、潤うそこに生唾を飲み込んだ。ほぼ限界に近かった。それでも、もう一本指を増やして、ゆっくり、優しく動かした。
「あ、あっ、あぁ、いたい、です」
「……大丈夫ですよ。優しくします。絶対に」
殆ど自分に向けての言葉だった。暴発しそうな熱を抑え込んで、蕩かすように抜いては挿して、喘ぐ唇にキスをする。暑い。泣き声に似た嬌声が理性を緩やかに溶かしていく。
三本の指でそっと中を広げる。アズールの尽力の成果で、もう随分と柔らかかった。唇を噛んで本能を堪える。もう一度中を掻き混ぜて、ゆっくり指を引き抜いた。
知らず呼吸が荒くなる。こんなのは初めてだった。自らの調薬能力の高さに改めて感心する。あまりに暑いから、干上がりそうだと思った。力の抜けてきた腿をもう一度持ち上げて、自分の肩に引っ掛ける。片手で手を握り、片手で額に貼り付く髪を撫ぜた。震える睫毛の下は潤んでいる。
「ジェイド……」
言おうとした言葉が痞える。本当の拒否をされたら、と一度過ると駄目だった。熱は冷めない。情けなくて口を噤む。
汗ばむアズールの手を、ジェイドがぎゅっと握り返す。頬に触れる手にも、その手を重ねて、擦り付けるように頭を傾けた。思考が止まった。追い討ちを掛けるようにその瞼が押し上がる。潤んだ瞳は、アズールと同じ熱を孕んでいた。
「っ……!」
衝動に身を任せて、熱い先をひくつく後孔に当てる。握られた手が強まる。ジェイドがこくりと頷いた瞬間に、勝手に腰が動いていた。
「あ、あっ……あぁっ!」
「くっ……!」
なけなしの理性を総動員して、ゆっくりと、少しずつ中を開いていく。そして先が埋まれば、後は奥まで挿れるだけ。手を一度離すと寂しげに眉が寄る。煩い心臓を黙らせる様に指を絡めて強く握り直した。
「は、あぁっ……う、く」
「ジェイド、息を……もうすぐ半分まで入りますから……」
「は、半分……? まだ、半分もあるんですか……?」
「……煽ってるつもりなら、本当にやめろ」
推し進める腰を引き止めて、人工呼吸めいたキスをした。呼吸が落ち着いてきたところで、少し腰を引く。頬から手を離して、胸に手を置く。ジェイドの心臓もどくどくと早く鼓動している。そのままやんわりと胸を揉む。
「そ、れ……やめて、くれませんか……」
「痛いですか?」
「いえ……そういうわけで、は……ぁ、あっ」
手のひらを前後に揺らして尖りを刺激する。暫くそうしていると、後ろの力が緩み柔らかくなってくる。その隙に再び腰を進めると、中が慌てる様に締まった。今度は指で摘み、優しく捏ねて撫でる。ジェイドは泣きそうな顔で体を丸め、首を振っている。しかし、その腸壁は誘う様に蠢いている。頭がどうにかなったのではと思うくらいには、はっきりと、経験のない程に興奮していた。
ぱち、と肌が触れた。涙に濡れた目がアズールを見上げる。アズールの腰にジェイドの臀がくっついていた。何度も呼吸を繰り返して、それからジェイドの頬に溢れる涙を拭う。
「入り、ましたよ」
「……は、い。分かります」
「……だから、今、そういう事を言われると困るんだよ」
煽る言葉に反応するアズールを見て笑うのを見ると、恐らくわざとなのだろうと思う。気持ちを鎮めようと深呼吸をする。改めて自身を包む柔らかな熱を感じ、今までにない脳を混ぜるような熱い歓喜が湧き上がる。少しだけ奥に押し込むと、ぎゅうと締め付けられる。
「ぁ、待って、動かないで下さい。今動くと大変な事になりますよ」
「僕もこのままでは大変な事になります。動きますよ」
「そんな横暴なっ、あっ、痛い!」
無駄な言い合いはそこそこに、身勝手な口調とは違いゆっくりと腰を引く。ずる、と腸壁を擦って、また優しく中へ突き入れていく。
「あっ、あぅ、う、痛いですっ、一番痛いっ」
「背中がびりびりしてます?」
「はい、そうです、すごく痛っ……」
「僕もです」
「えっ?」
ぐぐ、と奥へ押し込めて、息を吐く。ともすれば吐き出してしまいそうな熱を抑え、またゆるゆると引き抜いていく。ぞくりと背筋に快感が走っていく。敢えて擬音で称するならば、びりびりと。
「こうして、引き抜いたり、挿れる度に……電流が走ったような、感覚がしますねっ」
「ぃ、あっ、ひっ……なら、やめたら、いいじゃないですか……!」
中の魔法薬に触れて、アズールの物もひどい快感を拾っていく。息が苦しいくらいに気持ちが良い。本能に抗いながら、優しく、ゆっくり、中を犯す。未だ痛みと拾い続けるジェイドの腰を撫でて、しこりを狙って押し潰す。
「痛っ、あぁぁっ、あっ! やめて、下さ、ひっ、あ」
「本当に、痛いだけですか?」
「ぁぐ、ぅ、苦し、ですっ」
何度も執拗に同じ場所を責めて、跳ねる腰をやんわりと押さえる。とん、と奥を小突くと、びくびく痙攣する。
「ふぅ、んっ、く、あっ」
「声を抑えないで、ちゃんと聞かせて下さい。その、『気持ち良くて堪らない』って声を」
「違、います、これは」
「違わない」
「あっ……ぁ!?」
引いた腰を抉る様に奥へ突く。ジェイドは大きく目を見開いて仰反った。その耳元に唇を寄せ、耳朶を噛む。
ごりごりと性感帯を押し潰しながら腰を動かして、ピアスホールを柔く噛む。身を捩って逃げる体は、しかし快楽を求めて腰を揺らしていた。
「気持ち良いですね、ジェイド」
「ぃ、ぁう、痛いです、いたい」
「良かったですね、ちゃんと気持ち良くなれて」
「ぁ、ちがい、ま」
「僕もとっても気持ちが良いですよ、お前の中」
「っぅ、う、ん」
また噛み始めた唇を食んで、宥める様に舐める。少し開いた唇に舌を入れて、垂れ下がった舌を捕まえ吸い上げる。嬌声がその間でくぐもって響く。首筋を擽ると、逃れるべく仰け反った喉に唇を落とす。迷ってから、今度は鎖骨に唇を触れ、ちゅう、と強く吸い上げた。
肌に触れて、蕩けた顔をじっと見つめて、凶暴な人間の欲望を御す。残した痕を指で撫でる。暑い。相互に求め合う体の繋がりに脳が焼けそうだ。握る手を強めた。
「ああっ、ぁ、ぃた、ぃ」
「痛い、ですか?」
「っん、ぅ……ぁ、っきもち、ぃ、です……」
「ああ……良かった」
知らない感覚は恐ろしい。もしも制御出来ない物であると分かったのなら、余計に。この意固地な人魚は肯定しないだろうが、痛みという慣れた感覚に変換するのは一種の防衛反応であるのだろう。それでも、そんな本能的な勘違いに打ち克った事が堪らなく嬉しくて、堪らなく愛おしく思った。
「あ、あっ、ぁっ! はや、ぃ、ですっ、待ってっ」
「すみません、もうっ……限界なんですよ……!」
腰の動きを少しだけ早めて、上り詰めていく。震えたジェイドの腕が背中に回った。握る手と反対で、その背中を抱き寄せる。くっついた肌から熱が伝わる。近付く胸から鼓動が分かる。全身でその生命を感じる。もう一度深く息を吐いて、強く、奥を穿った。
「ああああっ、ああっ! ひぅ、あっ……!」
「はぁっ、あ……! ふ……」
勢い良くジェイドの物から白濁が飛び出し、痙攣する腹の上に飛散する。合わせて収縮する中に堪らずアズールもそのまま精を吐き出した。
途端に体から力が抜けて、一緒にベッドに倒れ込む。二人分の体重を受け止めたベッドが軋んで揺れる。
「あっ、ぅ、熱い……」
「……。……っ! すみません、ジェイド!」
そのまま脱力しかけて、浮かされたような呟きと視界の中で綺麗なまま転がるゴムに、一瞬にして思考が冷えた。すぐに怠い体を叱責して、ジェイドの中から性器を引き抜く。栓が取れて、どろりと中から白い液体が溢れだす。
「ぁっ……ん」
「う、……だから!」
叱っても意味がないと知りながら、再び反応し始めた自身を鎮める。それより、と急いで指を入れて折り曲げた。びくりと体が震える。必死にうるさい頭を黙らせて、中に吐き出してしまった精を掻き出した。
いくら熱に侵されていたとはいえ、獣に成り下がっては余りにも情けない。項垂れていると、ジェイドが体を緩慢に起こして、今度はアズールの頭を撫でる。くすくす笑いながら撫でられて、怒って良いのかどうか分からず黙る。
「先程まで、あんなに自信満々でいらしたのに……今は叱られた稚魚のようですね」
「……すみませんね、理性のない稚魚で」
「何をおっしゃいます。あなたほど理性的な獣は類を見ませんよ」
「け、獣……」
改めて言われると反省していた心に重くのし掛かる。苦々しい顔をしていると、引き結んだ唇に笑って口付けてきた。驚く暇もなく、何度も軽いキスをされる。そのまま肩に手を乗せられて、ゆっくり体重をかけられる。耐えきれずよろめき、背中からベッドに戻った。
「ジェイド? 何を……」
「アズール、僕、とっても楽しかったです」
顔の横に手を突いて、逃げない様に脚を絡められる。言葉通りに楽しそうな顔が近付いてくる。
「だから、もう一回しませんか?」
「いいんですか? ……じゃなくて! 今日は初めてなんですから、体を壊しますよ」
「でも、アズールのせいでまだ熱いんですが」
「……その感覚は分かるんですね」
軽いキスが仕返しのように体中に落とされる。擽ったいだけではなくて、また再燃し始めた熱さに焦る。今度こそ抑えきれない自信があった。
だから、手探りでシーツの上を探して、薄い感触を手に取った。
「まあ、お前に心配なんて要らないですよね?」
封を歯で噛みちぎる。同時に余りの理性も霧散する。腰を掴んで引き寄せれば、ぐちゅりと残る体液が音を鳴らす。
ジェイドがにっこりと、楽しそうに笑った。それこそまるで、新しい遊びを知った稚魚のようだった。
痛みに似たその熱は、まだまだ冷めそうにない。