面倒ごとは愛に任せる【R18】

自慰行為が面倒くさいジェイドを手伝うアズールの話。
微妙に尻切れとんぼです。





 浮いてきた意識に瞼を開ける。暗い天井が見えて、はあ、と息をついた。真上を向いていた身体を横倒しにする。そのまま目を閉じる。しかし、またすぐに布団の中でもがいて反転した。隣で気持ち良さそうに眠る兄弟が見え、再び息をつく。

 枕に頬を沈めたままで、布団を軽くめくる。嫌々、視線を内部に向ければ、自らのズボンの中心を押し上げる物が見えた。眉間に皺を寄せながら、それを睨み付けるようにして、身体を真上に戻した。
 かれこれ二時間程前から、ジェイドは眠れぬ夜を過ごしていた。人魚の頃におよそ経験した事のない身体の異様な火照りのせいだった。二年目ともなれば、その理由も確と認知している。人間という生き物に備わる性欲、それを処理するタイミングである。方法も、この二年間の内で、共に上陸した兄弟と幼馴染も三者三様に模索してきた。最初は惑いつつフロイドと揃ってアズールに助言を求めたりなどしたが、適当に欲を吐き出せばいいのだと知って以来は戸惑いもなくなった。
 ただ、如何せん処理行為は面倒だった。本当に適当にやったのでは、欲張りな人間の体は満足しない。ある程度、丁寧に施す必要がある。興味のない事に対してはやる気の起きないジェイドにとって、自慰行為と呼ばれるそれが苦手であった。
 とはいえ、いつまでも放置していては眠れない。二時間も粘って眠れなかった時点でやっと諦めたジェイドは重い身体を起こした。フロイドのいる場でする訳にもいかないと思い、備え付けのシャワールームに移動した。
「……はあ」
 憂鬱に息をまた吐いて、浴槽に水を溜める。後片付けが楽という観点から、見つけ出したジェイドの方法だ。バスタブの前にしゃがんで、ドボドボと水が注がれていく様を眺める。このまま熱が冷めやしないかと期待して頭を無にしてみたが、精神的な問題ではないらしく、一向に収まる気配は無かった。半分程度まで溜めた所で水を止め、足先から浸かる。故郷を思わせる冷たさに鳥肌が立つ。それでも尚、熱を持った中心は萎える事もなく、腰まで水へ沈めた。
 しばし深呼吸をし、溜まった熱を少しでも冷ます。出来るならこのまま眠りたい、と目を閉じてみるが、燻った熱はそれを許さない。
「ああ、もう……」
 こうなったら手っ取り早く済ませる。そう考えて、緩く立ち上がっている自身に手を掛けた。柔く掴んで、形をなぞるように上下する。腰をぞくりとした感覚が通る。その感覚を追い掛けるべく目を閉じた。手を動かす度に、浴槽の水が跳ねて冷たい。段々と身体の熱が外へ向かい始めた。
「は、は……ふっ」
 息を止めないように呼吸する。快感と呼ばれる感覚が高まっていく。それを逃さないように、手の動きも緩めない。限界が近づくにつれ、上半身が前へ傾く。膝を立て、つま先が浴槽の底を押した。
「……っ、んっ……」
 あと一押し、と分かり、指先を先端に引っ掛ける。軽く引っ掻くと腰が跳ねた。そこから上り詰めるための動きに切り替える。手のひらで皮膚を上下させ、息を止めた。
「っう……」
 まだ足りない。舌打ちしながら、細く息を吐く。また何度か絶頂に近づくが、手前で熱が冷めてしまう。そのくせ、手を止めたら再燃する。鬱陶しくて堪らない。苛立って浴槽を蹴る。それで何が解決する訳でもないが、とかく熱を逃したかった。ジェイドは一度手を離して、半分の水に頭を沈める。ぶくぶく泡を出して、いっそ苦痛で萎えさせた方が早いのではないかと思い始めていた。
 暫くそうして酸欠になりかけた所で、水の向こうから物音がした。
「ジェイド? ここにい……っ!?」
 アズールの声がした、と理解したと同時に腕が引き上げられ、ざばりと顔が空気に晒される。流入した酸素に咽せる。
「お前っ! それをするなら人魚に戻れ!」
「げほっ、そこですか?」
 痛いくらいに掴まれた手首を軽く振る。焦ったらしいアズールは呼吸を乱して、未だ青い顔をしている。逆の手で掴まれた手を軽く叩くと、じとりと睨まれた後、渋々といった調子で離された。
「で、何をしてたんですか」
 屈んでいたアズールは一度立ち上がり、軽装なズボンの裾を捲った。寝巻きのままでやってきたらしい。珍しく思いながら、その姿を見上げ、質問を咀嚼した。何、と考えた所で、ちらりと自らの下半身を見遣る。一連の騒動をものともせず、まだ屹立していた。
「自慰行為を」
「は? 自殺行為の間違いじゃないんですか?」
「結果的にはそうなってしまいましたね」
「……お前って、そういうたちなんですか?」
「いえ、そうではないんですが……」
 浴槽に腰掛けたアズールの横に手を置く。怪訝に見下ろし、アズールは答えを待っている。その彼に向け、誤魔化しも含めにっこりと笑いかける。
「死にかければ、流石に萎えるのではと思いまして」
 言うと、アズールは正に絶句の表情を見せた。それから絞り出したように「馬鹿なんですか?」と呟いた。
「とても眠たかったので、早く終わらせたかったんです。それなのに中々、上手くいかなくて」
「流石に死因がそれだったら他人のフリをしますよ」
「冷たいですねぇ」
 しくしく、と泣き真似をしながら、折り畳んだ膝を擦り合わせて小さく息をつく。処理するしかないのはもう確と理解した。アズールがいる手前、触る訳にもいかないが、熱は勝手に上がるばかりだ。
「ところで、アズールは何をしに?」
 それを誤魔化すように問うと、ああ、と鬱陶しげに前髪をかき上げた。
「フロイドが部屋を代われと言って、追い出してきたんですよ! 全くあいつは、いつも思いつきで妙な事を!」
「ああ……それはそれは」
 思い出して怒りに震えるアズールに、ジェイドは密かに脱力した。フロイドが出て行った事を気付かなかったのも衝撃だが、それ以上にフロイドを起こしてしまったらしい事がジェイドの感情を無にさせた。明日なにか言われるだろうか。無言で終わるよりは言われた方がマシかもしれない。
 浴槽の縁に頭を預けて、愚痴を続けるアズールを見上げた。今日は仕方がない、と朝まで話に付き合わせる事を決意した所で、アズールと目が合った。
「……どうしました?」
「あ、いえ……その」
 急に視線を泳がせたかと思ったら、少し困ったような表情になる。
「そういえば、まだ……自慰行為、終わってないんでしたっけ」
「ええ。全然、射精に至れなくて」
 明け透けに言うな、と小さくぼやいた後、何事かを考え込み始める。半ばうつらうつらと船を漕ぎつつ、その様子を見ていると、アズールと再び目が合う。
「手伝いますよ」
「……は?」
 茫然と声を落としている間に、アズールが浴槽に足を沈めてきた。咄嗟に膝を曲げて空間を作る。その膝にアズールの手が乗る。
「足を広げて下さい」
「いや……え? 本気ですか?」
「だってお前、このまま寝られないんでしょう。僕も寝たいんですよ」
 起きていた場合に巻き込もうとした思考がバレていた。苦笑の顔を作りながら首を傾げてみるが、アズールの手は掴んでいた膝を割り広げてくる。仕方なく従うと、緩く立つ中心に視線が注がれた。
「ちゃんと触ったんでしょうね?」
「もちろん、可能な限りは」
「そうですか……」
 そのままアズールは無遠慮にジェイドの物を掴んだ。本能的な恐怖心でびくりとする。その様子に気付いてアズールも一瞬動きを止めたが、すぐに手を動かし始めた。手のひら全体で優しく包み、上下にゆっくりと動かす。
「気持ち良いですか」
「まあ……」
「何です、その反応は……微妙ならそう言えばいいでしょう」
「良いんですが……ん、これでは自分でしたのと変わらないので」
 実際、先程までと同じ程度の快感しか得られてはいない。軽く微笑みながら言うと、アズールは眉を顰め、手を離した。そしてすぐに握り直し、ぎゅ、と軽く力を入れられた。途端にびりっとした感覚が腰に伝わり、体が跳ねた。
「ひ、痛い、やめて下さい」
「やっぱりお前、そういうたちなんじゃないですか」
「あっ」
 何度も軽くぎゅうぎゅうと握られて腰を引く。すると常より強い力で擦られ、強い快感が走った。
「う、んん」
「あんまり動かないでくれますか、やり辛い」
「あ、ちょっと、入らないで」
 ジェイドの足首を持ち上げ、できた空間にアズールが身体を捩じ込む。寝巻きに水が染みているが眠気で気にならなくなっているのだろうか。二人を受け入れた浴槽はそこそこに狭く、身を縮めた。
 再びアズールにジェイドの物が握られる。それだけでびくついたジェイドを見て、アズールが機嫌良さげに笑う。
「楽しいですねぇ」
「そのようですね、悪趣味なひとです」
「誰の事ですか?」
 別の手がジェイドの胸に触れる。思わず目で追うと、人差し指でつう、と胸筋をなぞられた。擽ったさに身を捩る。指先が胸の中心に引っ掛かる。
「ん、ん」
 鼻にかかったような声が出て、咄嗟に口を押さえた。しかし何度も同じ場所に指が引っ掛かると、その度に声が漏れる。かり、と遂に爪先で引っ掻かれたら、電流に似た感覚が背筋を伝って腰へ届いた。
「ふ、っ……ん」
「へえ……お前はここも気持ち良いんですね。なるほど」
 かりかり、と何度も引っ掻かれ、その度に腰が跳ねる。同時にぎゅうと陰茎も握られ、悲鳴染みた声が漏れる。鋭い快楽を身を丸めて耐えていると、不意に引っ掻く指がぎゅうと乳首を摘んだ。
「いっ、ぅ」
「ああ、すみません。うっかり摘んでしまいました」
「うぐ……アズール、性的虐待は最低ですよ」
「人聞きの悪い事を言うのはやめろ。合意だろ」
「もう寝てもいいですから、やめて下さい。余計に熱くなってきました」
 局部を掴む手を引っ張り、宥めるように指で撫でる。内部で燻っていた熱がどんどん酷くなっている。もう寝るどころでは無くなってしまっていた。
 しかし、好条件を出された筈のアズールの手は動かない。不審に思いながら顔を上げると、不自然な笑顔が目前にあった。
「奇遇ですね。僕もなんですよ」
「は?」
「大丈夫です。お前のような不能でも達せる方法がありますから」
「はい?」
 頑なだった手が離される。引っ張っていた手が宙に浮いたので、適当に浴槽の縁を掴んだ。アズールの手はジェイドの膝裏に差し込まれ、そのまま押し上げてきた。浴槽に預けていた背がずるりと滑る。腰が浴槽の床にくっ付いた。
「苦しいんですが」
「大丈夫じゃないですか?」
「そんな適当な」
 会話の最中にも再び陰茎に指が触れ、身を固くしたがすぐに離れた。見れば、アズールの指はいつの間にか溢れていた先走りを掬い取っていたようだった。意図が読めず、警戒も顕に動向を見守る。その指は持ち上がったジェイドの臀部にぴたりと触れた。
「……何をしているんですか?」
「勃起不全の治療にもここを使うそうですよ。歴とした医療行為と言えます」
「別に勃起不全じゃありません、面倒なだけで……うぐ」
 躊躇いもそこそこに、指先が埋まった。少しの圧迫感に呻く。そのまま無遠慮にも指は中へ押し入ってくる。ジェイドは大袈裟に呼吸をして、どうにか苦しさから逃れようとする。ずるり、と一度指が引き抜かれると、妙な感覚がして唇を噛んだ。また指がつぷりと入ってくる。今度は抵抗も少なかったのか、先ほどより早いペースで奥へ進む。
「苦しい、んですが……」
「すみません……」
「いえ……」
 申し訳なさげにされて思わず言葉を引っ込めてから、いやおかしいだろうと首を振った。訳の分からない、それも素人による医療行為をされているのなら抗議して然るべきだ。と、不意に指が折り曲げられ、腹の方の腸壁を押し込み始めた。何度も浅い場所で少しずつ指をずらしながらの動きに、何かを探していると勘付いた。しかし何かまでは分からず、黙って待っていると、ある一点を押し込まれた。ぐり、と痼りのような物が押し込まれた感触と同時に、激しい痺れのような快感が全身に伝わった。
「ひっ、あ! や、なんですか!?」
「ああ良かった、ありましたね。これは前立腺と言って、勃起不全を治すのに刺激する必要がある場所です」
「ですから、勃起不全じゃないですって……あ、あっ!」
 何度も前立腺と呼ばれた部位を押し込まれ、ひっくり返った声を上げてしまう。体を丸めてもやりきれない程の快楽に首を振って逃れようとする。しかし、アズールの手は止まらず、一方の手がすっかり立ち上がった中心を握った。
「あ、あっ、ぅぐ」
 優しく扱かれながら、腸壁を撫でられる。ただ事務的にしか感じた事のなかった快感を一気に流し込まれて、頭が混乱しかけていた。絶頂に近付いていくのが分かったら、咄嗟にアズールの背中を引き寄せていた。
「っ、ジェイド」
 切羽詰まったようなアズールの声にも構う余裕はなく、必死で息を殺し、引き寄せたアズールの胸に頭を擦り付ける。それは単純に快楽から逃れるための行動だったのに、熱は昂るばかりで、いくつもの疑問符が浮かぶ。しかし考えるような思考力も熱に奪われ、ぐりっと痼りを押し込まれた拍子に背中を引っ掻いた。鈴口を指先が抉った瞬間に全身が震え、熱が暴走して、それから一気に吐き出された。
「はぁっ……はぁ……」
「……大丈夫ですか?」
 珍しく柔らかい問いの声にこくんと首肯した。漸く熱を吐き出した身体は冷め始めた。だらりと手足を投げ出した。
「……ジェイド、」
 目を閉じた矢先、耳元で静かに囁く声がした。途端にぶわりと全身に熱が広がる。驚いて瞠目したら、赤い顔でジェイドを見つめるアズールが一杯に映った。
「なん……ですか?」
 脳が絡まっていた。折角、吐き出したはずの熱がぶり返した事に苛立ちと困惑を覚え、その原因となった男を前にしてひどく高鳴る鼓動に首を傾げる。普段から雪白な手がジェイドの背中を撫でて、冷静な筈の瞳が熱を帯びて真っ直ぐにジェイドを見下ろしている。
「……続きをしても?」
 続き。もう目的は達した筈だと思った。ゴールの先に続きなどない。しかし、それはジェイドの視点の話であって、アズールの目的地は別にあるのだとして。散文的な思考が纏まらないままで浮かんでは消えていく。
 しかし、取り敢えず、とその背中にもう一度抱き着いた。熱過ぎる視線から逃げるべく、肩に額をくっ付けた。頭上で息を飲む音がして、知らず口角が上がった。
「……合意と受け取って、いいですね?」
 ジェイドは答えず、少し顔を上げて肩に噛みついた。歯が肌に食い込むと同時にアズールの体がびくりと硬直し、それから背中を撫でる手が腰を掴んだ。布越しに硬い感触が臀部に触れる。
 少し身体を離し、アズールを見上げた。目が合うと、顔が近付いてくる。行動の先が分からず促す視線を送っていると、苦々しげに顔を顰めてから、軽く顎を食まれた。
「本当にいいんですか? お前、僕に食われるんだぞ」
「食われる」
 鸚鵡返しに言葉を述べて反芻する。そして、僅かながら落ち着いた頭でようやく現状を解した。アズールの行動の先がどこにあるのか、体を苛む熱を以って理解する。その上で、ジェイドはにっこりと笑い頷いた。
「どうぞ、アズールのお好きなように」
「一人で処理するのが面倒だから使おうとしてます?」
「いいえ? まあ、それもありますが」
「おい」
「貴方の事、好きなので」
 心底憂鬱だった処理が済み、晴れやかになった心はジェイドの口を滑らせた。言ってから初めてその感情を咀嚼し、それから納得した。そして一瞬、口に出した事を後悔しかけたが、更に真っ赤になり狼狽えるアズールを見ると飛んでいった。くすくす笑いながら脚を腰に巻きつけたら、アズールが悔しげに歯軋りした。
「ああもう! 僕もですよっ!」
「おやおや、僕達両思いですね」
「くそっ、こんな形で言うつもりじゃ……フロイドのせいだ!」
「ええ、フロイドのおかげですね」
 改めて顔を近付ける。気圧された様子でやや後退したが、すぐに持ち直し、後頭部を撫でられた。そして優しく唇に触れた。互いに目を合わせたまま、数度、角度を変えて唇を合わせる。熱が体内に溜まっていくにつれ、アズールの肌も朱に染まる。
 水を含んだズボンを引き下ろしながら、アズールの手がジェイドの手を捕まえる。腰を掴まれながら、もう一度だけ息をついた。今夜、眠るのは諦めた方が良さそうだ。