交接中に考え事をするジェイドにむかつくアズールの話。
窓の向こうで揺れる水が光の粒を纏っている。太陽光を反射する水滴が、随分と明るい時間になっているらしい事を知らせてくれる。シーツに指を通しながら、緩慢と顔を上げて気がついた。
昨夜見た天気予報を思い出す。今日は一日晴れ、出掛けるには持ってこいの日だった筈だ。気になっていた茸の群生地を訪れるタイミングを図っていたが、今日はその日かもしれない。はあ、とゆっくり息を吐く。ルートは覚えている。確かここから二時間程度の距離だ。昼までに発てば充分間に合うだろう。そこまで考えた所で、腰を強く掴まれた。
「何を考えてるんです」
「っ、あ」
背中側から甘さを含んだ声が落とされる。視界に映るシーツは、いつも整然とした様相とは正反対で、現状へ思考を戻された。腹の奥が熱量で押された衝撃で小さく声が零れる。唇を軽く噛んで堪えていると、返答を急かす様に腰を数度押し付けられる。それを浅い呼吸でやり過ごし、落ちてきた姿勢をどうにか立て直した。
「今日は、天気が良いので」
「はあ」
「少し珍しい植生の場所を、見つけたんです」
「またキノコですか」
「昼頃までなら、充分かと思います」
「へえ……今回は近場ですね」
半分、熱で浮かされた脳は思いつくまま取り留めのない言葉を吐き出す。腰を持ち直しながら、アズールは当然のように理解を示した相槌を返す。それが心地良く感じ、また口を開く。
「今回は山ではないんです、景色の良い丘で」
「珍しいな」
「ケイトさんが教えて下さいました」
「……マジカメ映えスポットとやらですか?」
「はい、撮って来る約束をして……ん、ん」
背中にゆっくりと体重がのし掛かってくる。同時に中を深く抉られ、また腕を折る。シーツに額を押し付けて、細く呼吸を繰り返す。腕が背中から腹へ巻きつき、強く抱き締められる。
「は、はぁ、近くに、フリージアが咲いていて」
「……はい、はい」
「あ、あ……はっ、それなのに、紫陽花もあって」
「なるほど。季節が違うのに不思議ですね」
「はい、そうなんです……はぁっ」
肩甲骨に唇が触れる。それから首筋にも触れ、腰を揺さぶられるのと一緒に軽く噛み付かれた。気持ち良さに喉から息が抜けていく。掴み直したシーツが引き攣った気がして、力を緩める。その手にアズールの手が重ねられた。押さえつけられるような力の込め方に心臓が鼓動を早める。
「は……ぁ、アズール……」
「はい、何ですか?」
「一緒に……行きませんか? とても良い景色、なので」
「……ええ、良いかもしれませんね」
重なった手に指が絡められ、強く握られる。シーツが微かな悲鳴をあげている。しかし懸念は、温かな体温が緩く何度も腹の奥を叩いては押し広げている感覚に奪われる。
「は、あぁ、気持ち良い、です。もっと」
「……はあ……」
強請って、腰を少し上げる。掛けられる体重が更に重くなる。顔を横に向けると、アズールの柔らかい髪の束が落ちてきた。視線を上へと向ける。眉根を寄せた赤い顔が、ジェイドを見下ろしていた。汗ばむ額を拭ってから、近くまで寄せられる。
近付いた空色の瞳を見て、ふと別の話も思い出す。丘のそばに天文台があると言っていた。夜まで居れば、晴れた星空を観れるだろうか。
「おい」
「っん、んん」
空色が眇められ、一度はずるりと抜けた熱量が深く押し入った。同時に唇に噛み付かれ、くぐもった嬌声を漏らす。近く響く水音が、意識を再び取り戻させた。唇が離れるなり、忘れる前にと口を開く。
「天文台もあるんです。夜まで、一緒に居ませんか」
「…………はあ。いいですよ、好きなだけ付き合いますから。だから、取り敢えず今は」
言い終える前に。頽れていた腕が掴まれた。上へ向けて引っ張られ、身体が浮く。そのまま反対方向に腕が投げ出され、腹が天井を向く。背中を受け止めたベッドが軋む。正面から顔を突き合わせたアズールに、続けるつもりだった雑談を飲み込んだ。
「僕に集中しろ」
「……ふふ、すみません」
腕を伸ばしたら、意図を汲んでアズールが上体をジェイドの方へと倒す。近付いた背中に腕を回して、不機嫌な頬にキスをする。更に眉を寄せて、唇に深くキスをされた。
「んん、んっ」
「ふ……はぁ、最初からこっちでやるべきだったな」
力が抜けてずり落ちた手首を掴み、シーツへ押し付けられる。いつの間にか余裕を失っているその表情に、嬉しく思いくすくすと笑う。すぐに目を吊り上げ、ぐり、と奥が擦られる。
「ああ、あっ、ふ」
「笑ってられるのも今のうちですよ」
「それは、楽しみです……んっ」
背中に爪を立てながら、首を上げてキスをする。苦しげな呼吸の最中、アズールは深く腰を穿つ。腰ごと溶かす様な快楽に息を詰め、体を震わせる。そして、ふと時計が視界に入る。もうすぐ朝が終わる。
「1、 ズール、アズール」
「……はい、何です」
名前を呼べば、動きが緩む。柔らかい目が、彼に縋り付くジェイドを見つめる。甘い視線に包まれるのはひどく心地良かった。
「あと、一時間で、終わります?」
しかし、同程度には、趣味の時間も大切だ。迂遠でもなく素直に問えば、また顔を顰めて、呆れた溜息が零された。
「お前、本当、僕じゃなければ萎えて終わってますからね……」
「ええ、もちろん分かっていますよ」
「……ああもう。わかりました、一時間で終わらせましょう」
揺れていた脚が掴まれる。片足をアズールの肩に乗せられ、殊更深く繋がった。思わず悲鳴じみた声が上がる。
「まあ、行けるかどうか分かりませんが」
「待って、困り、ますっ……」
「どうしても、と言うなら僕が運んであげますよ」
改めて腰を掴んで、引き寄せられる。熱に押される奥の壁が微かに動いて、呼吸を止めた。上体が倒れてくる。
「待って、待って下さい」
「僕も楽しみにしていますよ。色々と参考になりそうなスポットですから」
「ぅ……っ」
アズールが近付くにつれて、中は深くまで押し込まれる。声を殺しているうち、奥を突き抜けたと気付いた瞬間、頭が真っ白になった。上げようとした嬌声はキスに奪われる。何度も体を震わせて、熱を帯びる空色だけを見る。その瞳が、嬉しそうに歪んだ。
「っあ、っ、っん」
「ふふ……一時間で終われば、いいんですけどねえ」
唇が離れたら、堰を切った声が溢れる。酷く甘い声に、脳が焼ける様に感じる。
白んだ思考の中、ぼんやりと照らすライトがいつの間にか意味を失っていると気付いたら、もう今日は間に合わない事を悟る。次の予定を組み立てようとして、止めた。腕を伸ばして思い切り抱き締める。
偶には、こんな日も悪くはない。ぽたぽたと落ちる汗に瞬きをしながら、もう一度、濡れた空色を引き寄せた。
◆◆
呑み込まれそうな熱の中、鋭く息を吐き自身を宥める。眼下で揺れる腰を掴むと、動いた結合部分から淫靡な音が鳴る。か細く喘ぐ広い背中に指を這わせても、その頭はシーツに沈んだままだった。
「はぁっ……ジェイド、ジェイド?」
腹の奥を叩くように腰を突き動かす。微かに漏れる声と震える体に、確と官能を得ている事は知れた。しかし、呼ぶ声に返事はない。
またか、と呆れた気分になる。この男は真面目げな風体を持って、時折、意識を遠くへ飛ばす癖がある。特に、腹立たしくも自分と過ごす時間には顕著だった。仮にも恋人だろうと毎度文句を思い浮かべるが、気恥ずかしさが勝り口にした試しは無い。
一度、彼に埋め込んだ自身をゆっくりと抜く。
「は、は……ぁ」
震えながら細かく息を溢すジェイドの額が、シーツに押し付けられるのが見える。完全にその思考はどこかへ飛んでいってしまっているのに、誘う様に蠢く後孔が不釣り合いに艶めいている。
こうなったジェイドの意識を取り戻すには、待つか、考え事を吹き飛ばす何かをするしかない。溜息をつきながら、上から覆い被さる様に、その背中に抱き着く。毎度受容してやっているものの、自らのセックスがつまらないと言われているようで面白くは無い。腕を前へ回し、苛立ちも込めて親指でぐ、と臍の下を押した。
「あっ、あ……ふ、ぅ」
押された衝撃で声が漏れたように聴こえるが、そうではない事をアズールは理解している。ぐりぐりとその奥にある内臓を刺激するように押し続ける。痙攣に似た動きで、抱き着いた背中が震えている。何度も声を溢しながら、ゆらりと腰を動かし始める。
「あ、あ、はぁっ」
濡れた孔をアズールの陰茎に押し付けるように腰が上下に揺れる。煽られて呼気が乱れるが、背中にキスを落としてやり過ごす。ちらと見える頸は赤く染まり、喘ぐ呼吸は続いている。それでも、その思考は何処かへ沈んだままだった。
流石に気に入らない、と思い浮かんで、赤い頸に噛み付く。何度も噛んだそこには同じ形状の歯形が並んでいる。それを舌でなぞる様に舐めていれば、聞こえる嬌声が大きくなった。
「痛、あっ、やめて」
「それはこっちの台詞なんですが?」
臍下を押す指を上へ滑らせ、胸筋を撫でる。指で頂点を挟んでやると、再び抗議の声が上がった。無視して先を押し潰す。
「ひ、んっ……それ、嫌、です……」
「ああ、こちらの方が好みでしたか?」
「あっ! っ、んんーっ……いや、です!」
再び臍下を強く押すと、大きく体をびくつかせて首を振る。指先で軽く叩くだけでも、浮いていた額がシーツの方へ落ちていく。薄い腹が刺激を求め細かく動いている。
「あれも嫌、これも嫌って、じゃあどうして欲しいんですか?」
「……どうって、んん……」
仕返しの意味を含ませながら、揺れる腰を掴みながら問いかける。戸惑った様な鸚鵡返しのあと、シーツに乗った頭が更に沈んだ。その間にも指先は臍下を撫でる。
「ジェイド」
もう一度背中にキスをしながら、答えを急かす。しかし、ジェイドは小さく喘いでから黙り込んだ。
「……おい、ジェイド?」
言葉にするのが恥ずかしいとでも言うのだろうか、と一瞬は考えた。しかし、すぐに別の可能性が高い事を思い出す。訝しむ声で名前を呼べば、案の定、答えは返らなかった。
盛大な溜息を溢し、震える背中に額を付ける。アズールとの駆け引きが面倒になったのか、また深い思考へと帰って行ってしまったらしい。
常より熱い体温に、アズールばかり熱が上がる。舌打ちをひとつして、体を起こす。尻臀を指で引っ張り後孔を広げる。反射運動で動くばかりで、心の飛んだ浅い呼吸が続いている。
「挿れますよ」
許可を得るつもりのない問いを投げるなり、そこに未だ萎えない熱を押し付けた。びく、と背が震えたかと思うと、下を向いていた顔が横に倒れる。涙に濡れた黄金色が、ようやくアズールの方を見た。
「ジェイド……」
無意識に安堵の息を溢す。そのまま、落ち掛けていた腰を持ち上げ、ゆっくりと先端を彼の中へ埋めていく。
「思い付きまし、た」
「……は、い? 何を?」
「頼まれて、いた、フェアに合わせた……メニューの、案ですよ」
息も絶え絶えに告げられる言葉に、半分ほど埋まった熱が少し冷まされた。茹っていた筈の頭は、冷静にも来週から始まるフェアの事を思い返した。そして眉間を揉み、思い切り呆れを浮かべた。確かに頼んだのはアズールだったが。
「それ、今じゃないと駄目でした……?」
「しかし、提出期限は明日まででしたよね?」
「はあ……なら、今日の誘いは断ればよかったじゃないですか」
言いながら、残りの半分も中に押し込む。苦しげな呼吸をしつつ、微笑んだ目元がアズールをじっと見つめた。きゅう、と彼の中が締まって、声が出そうになった。
「効率的、でしょう?」
細められた瞳に、自身の熱が上がるのを感じて、細く息を吐いた。それから額を押さえて目を閉じる。
「はあ……本当にお前は有能ですね」
「恐縮です」
腕を伸ばし、にこにこと微笑む頬を掴む。そのまま顔を近付ければ、深く繋がった中が強く収縮した。乱した呼吸を隠すように吐く唇にキスをすると、更にうねるように締め付けられる。舌を伸ばして、おずおず開いた口腔内に侵入する。いつもは逃げを打つ舌が、拙くも絡まってきて、堪らず腰を引いた。
「んう、うっ」
「……ん」
薄く開いた瞼の奥がアズールを真っ直ぐ見つめる。ようやく取り戻した興味に満足をして、優しく腰を打ち付けた。緩慢にも震える肢体に脚を絡め、捕らえた舌を吸い上げる。彼の目尻から涙が溢れるのを見て、やっと唇を離すと、慌てたように呼吸をしはじめた。それを追い詰めるように、腰を止めず、ジェイドの好きな所を刺激する。
「はあ、ああっ、んー……!」
「それで? どんなメニューにするんですか?」
「あっ、あ! あと、後にしてくださ、い」
「お前が効率的と言ったんでしょう? ほら、頑張って下さいよ」
「んーっ、ああっ! は、ふふ、そんなに怒らない、でっ」
何度も痼りを押し潰しながら臍下を押す。普段の余裕も失ったように乱れている中でも、ジェイドは楽しげに笑う。それにまた煽られてしまって吐息を漏らす。
「すみ、ません。集中、します、から……ね?」
「はいはい、もう聞き飽きましたよ」
困り顔で微笑むジェイドの頬を抓る。痛い、と言いながら笑うジェイドの奥を抉るように穿ったら、綺麗な弧が引き攣った。溜飲が下りたような心持ちになりながら、また背中を抱きしめてやる。
「はあ、あっ、ふふ」
「なに笑ってるんですか」
「いえ、すみません、ふふ……んんっ」
何が楽しいのか、笑い続けるジェイドの体をひっくり返す。正面から抱き締めても、ジェイドはまだ笑っている。抗議の代わりに腰を打てば、笑い声に混じった嬌声が溢れた。
「ふ、はあっ、あ、好きですよ、アズール」
揺れる手を伸ばしながら、ジェイドは表情を綻ばせてそう告げる。そこに本心がどれほど含まれているかは予測出来なかった。恐らく、半分以上は誤魔化しの機嫌取りであろう。
「知ってますよ」
その手を取って握ってやれば、態とらしく笑んでいた口元が緩んで、返事の代わりの甘い鳴き声を出した。