「そういえば、次の予定は映画でしたね」
ふと一騒動の後で思い出し、予定していた映画館の上映時間を調べた。すると目当ての映画の上映が一時間後を逃すと夜中になってしまう事が判明し、名残惜しくも途中で水族館を退場する事にした。
「残念です。もう少し進めば、アザラシさんやホオジロザメさんと会えたのですが」
「故郷で散々見ているでしょう。見た顔でも居たら気まずいですし、行かなくて良かったですよ」
再びジェイドの手を引いて通りを戻りながら、現時点でのプランについて考察をする。
「ジェイド、今の所はどうです? 楽しいですか?」
「はい、楽しんでいますよ。プランのお陰か、アズールのお陰かは分かりませんが」
また妙な言い回しをするものだ。思う壺に嵌まるのも癪なため、特に反応はせず頷くだけにする。
「貴方はどうですか?」
軽く手を引っ張られて、視線を誘導される。ちらりとジェイドを振り向くと、細められた瞳がアズールを捉えた。
「……まあまあです」
「では、上々ですね」
明るく返された言葉に、抗議の視線を送ったが、やはり笑顔が向けられるばかりだった。
インターネット経由でチケットを購入した事が功を奏し、どうにか上映時間に間に合わせた。少し余った時間でドリンクとポップコーンを購入してから、シアターへ入場する。
――デートプラン、その五。恋愛映画を鑑賞する。
大画面で流れるコマーシャルを視聴しつつ、パンフレットを眺める。高校生の青春を描いた定番の恋愛映画である。どう考えても、楽しめるとは思えない。ちらと横に座るジェイドへ視線を遣れば、彼もまたパンフレットを眺めて困り顔をしていた。またもや同じ感想を抱いているらしい。
暫くして、映画制作会社のロゴが表示され、本編が開始された。高校生の女の子が主人公らしい。入学初日から遅刻し掛ける失態を犯し、そして何故だかパンを食べながら自転車に乗った。既に訳が分からない。それから飛び出してきた男子生徒とぶつかって互いに転ぶ。完全に交通事故だ。何故か軽傷で済んだ男子生徒は、主人公の手を取って服に付いた砂を払った。これはセクハラ行為と言われてもおかしくないのではないか。
余計な思考が混ざりながらも、案外面白くて見入ってしまった。しかし、恐らく半分程度まで物語が進行したところで、展開が単調になり始める。何度目かの女子生徒からの加害行為にうんざりし始め、気が漫ろになる。
周囲を見遣れば、存外に埋まっている席の中で目を瞑っている人が多かった。やはり、この映画はつまらないらしい。
そういえば、映画館でのデートにおいては『手を繋ぐ』のが定番だと言う。昨晩、予習した事を思い出した。
こっそり隣を盗み見る。そして、高鳴り始めていた鼓動が落ち着いた。
「……あ、うるさいですか?」
「いえ、別に……」
首を振れば、「よかった」と安堵を示して、ポップコーンを口へ運んだ。どうも彼も飽きているらしい。ゆっくりお菓子を咀嚼しながら、遠くを見ていた。考え事をしているのかもしれない。そして勝手に盛り上がっていた脳内を恥じて、アズールもポップコーンの山へ腕を突っ込んだ。
結局、よく分からないままに主人公と最初の男子生徒が結ばれて、エンドロールが流れ出した。ポップコーンも食べ終えて、作業的に流れる映像を眺めていた背中が痛い。
「お疲れ様でした」
背中を擦っていると、労いの言葉が投げかけられた。まるでデート中だとは思えない発言に、思わず笑いながら頷いた。いくらでもムードが壊れていくのは、恐らくデートとしては致命的だったが、間違いなく自分達が何だかんだと楽しめている要因だろう。
空になったポップコーンの筒を捨て、手を洗う。
「最初は、面白かったんですけどね……」
「途中からは展開が単調でしたね。でも、ぜひフロイドにも見てほしいです」
「それは同感です」
留守番中の幼馴染を思い浮かべる。仕返しも込めて、是非とも椅子に縛り付けてでも見せたい。つまらないと文句を言いながら暴れるか、面白いと言って爆笑するかのどちらに転ぶだろうか。想像しても、あの気分屋は分からない。
軽く感想を言い合いながら、思い出して手を繋ぐ。水で洗い流したせいか互いに冷えていた。すぐ温まり始めた体温に、案外これは効率の良い方法かもしれないと思う。そのまま、次のプランを確認するべくノートを取り出した。
「……結構、乗り気ですよね。アズール」
「はい? それはそうでしょう、検証なんですから」
物言いたげに言葉を切ったジェイドを怪訝に見遣れば、彼はじっと繋いだ手を見つめていた。
「嫌なんですか?」
「いえ。嬉しいですよ、恋人みたいで」
「……はあ。そうですね」
今日一番の直截的な揶揄に、いっそ呆れて溜息を吐き、力を込めて握ってやった。痛いと抗議する声を無視し、映画館を後にする。
外は随分と暗くなっていた。時計を見れば七時を回っていた。映画を観ていた時間は永遠のように感じられていたものだから、むしろ早いような気がする。
――デートプラン、その六。ホテルでディナー。
このデートも終盤に差し掛かっている。恐らく、依頼人にとってはここからが勝負になるだろうと予想して、ホテルの調査は入念に行った。高校生にはなかなかホテル探しは難しい。自らのツテをフルに活用し、評判の良いホテルを探しておいた。当初は予約しておくつもりだったのだが、フロイドがマジカメで発見した"ホテルを予約されると引く"という意見を見て取りやめた。何でも下心が透けて見えるからだと言う。なるほどと納得して、スマートなエスコートから方針を変更し、自然な流れでホテルに泊まる、という観点から街中の大仰でない宿泊施設が複数並んだ通りを選択した。
流石に宿泊施設が建設されやすい観光地区は近くになく、暫しバスに乗って移動する。夜は乗客が多いため、二人揃って立つことになった。
「背中、痛くないですか?」
「もう平気です。いつものデスクワークと比べれば大した事はないですからね」
「それもそうですね」
周囲に配慮し、小声でやり取りをする。それきり二人は黙ってつり革を掴む。ぐらぐら揺れながら、ホテルへと運ばれていく。目前の座席に座る人々も眠たげに目を瞑って揺られていた。視界の端で、揺れた女性の頭が隣の男性に寄りかかるのが見えて、妙に気恥ずかしくなり意識的に視線を外した。
ホテル。そう復唱して、はっとする。ここからのプランは依頼人にとって勝負だと思ったが、どう考えても、自分の方が勝負だった。プランをジェイドがどこまで実施するつもりなのか、真意を測りかねているアズールは気が気ではなかった。一応、部屋はツインにして逃げ道はしっかり残すつもりでいるものの、どう転ぶかは、隣に立つ爆弾次第だ。