ポムフィオーレ寮生からの依頼で、デートプランを考える事になった三人。プランを立てたはいいものの成功の確信がなく、面倒になったフロイドの提案で、片想い中のアズールとジェイドがデートへ行く事になる話。
後半にすこーしだけ成人向け表現があります。
2021/12/19開催のアズジェイWebオンリー「貴方のための空と金」にて展示していたものです。
「――では、よろしく頼むよ。失礼する」
パタン。ゆっくりと閉じた扉へ、固まった笑顔のまま、優美なそのポムフィオーレ寮生の背中を見送った。VIPルームはしん、と静寂に包まれた。かちかち時ばかり過ぎていく針の音と、革張りのソファーが時折音を立てるだけ。その静けさを切り崩したのは、「あーあ」と気の無い落胆の声だった。
「できねーならムリって言えばいーのに。変な意地張るからめんどくせー事になるんだよ」
ソファーに寝転んでスマートフォンを弄り、ちらと目線だけアズールの方へ上げてぼやく。未だ固まっていた表情筋が、その言葉で緩み、歪んだ。
「出来ない、だなんて僕は一言も言っていませんが?」
「じゃあ、何でそんな顔してんの」
「"難しい"依頼だと悩んでいるだけです」
爪の先で机を叩く。その仕草が焦燥感を如実に示している事をフロイドは良く知っていた。「ふーん」と興味なさげに言ってから目をスマホの画面に戻した。好きなブランドで新しいパーカーが出るらしく、予約開始の時期をスワイプして確認していた。
「今回ばかりは、少し困ってしまいますね……アズールはもちろん、僕達も縁の無い事柄ですから」
アズールの隣で、暫く黙っていたジェイドも眉を下げて会話を続けた。しっかりと余計な言葉を付け加えた彼をアズールは一睨みしてから息を零す。
「まさか、こんな依頼まで来るとは……油断していました」
「そうですね、まさか男子生徒ばかりの学園で――『デートプランを考えてほしい』だなんて、流石に予想外でした」
はあ、と二人揃って心からの溜息を吐く。フロイドはほぼ興味を移して、案外近い予約開始日を見て「へ~」と声を漏らしていた。
暫く項垂れていたアズールは、ゆっくり体を起こして机に向き直る。それからノートを取り出し、白紙のページを開く。表題『デートプラン』と書き記して、箇条書きの点を打つ。
「まあ、僕達に経験や知識が無いからといって嘆く事はありません。そもそも海と陸では文化の違いもありますから、考えても無駄な可能性が高い」
「そうですね。海での定番スポットと言えば、浅瀬や夜光虫の生息地……陸にはありませんものね」
「そうでしょう。海でのそんな知識、陸で役に立ちません」
ジェイドの肯定を聞き、アズールは得意げに腕を組み鼻で笑った。ジェイドはにこやかにそれを見下ろしながら、「では」と続きを促す。
「先人の知識――つまりインターネットで調べればいいんです!」
眼鏡のブリッジを押し上げ、にやりと口元は綺麗な弧を描いていた。ジェイドは満面の笑みを浮かべて、白々しく手を叩いた。それを聞きながら、フロイドはぐるりと寝返りを打った。
三人はそれぞれにスマートフォンを取り出し、画面をスワイプしながら執務机を囲む。顎に手を当てて画面を見つめていたジェイドが、まず画面を二人に見せる。
「定番は遊園地や水族館、映画館……娯楽施設で過ごすものが多いようです」
「ドライブデートってのもあるよ。ちょっと楽しそー」
「依頼者も彼の恋人も高校生ですから、それは難しいでしょう」
『定番のデートスポット10選』と題されたページを三人で覗く。これが陸の文化か、と首を傾げたり頷いたりしながら、アズールがノートに書きこんでいく。次はフロイドが画面を掲げる。マジカメの検索欄に『#デートスポット』と書かれていて、画面中央に海辺でくっつく男女が映っている。
「見て見て~、海デートだって!」
「なるほど。陸の人間からすれば、海もデートスポットに成り得るんですね……」
「山デートもありますよ。素晴らしい着眼点ですね」
「却下ですね」
三者三様好き勝手に情報を共有し、時に建設的な意見を上げながら、真っ白だったノートを埋めていく。途中からは対象が高校生である事をも忘れて"バー"や"ホテル"まで候補に挙がっていた。気付けばかちかち鳴り続ける時計の針は、真夜中を指し示していた。
◇
翌朝になり、アズールは柔いベッドから重い身体を無理に起こす。スマートフォンが鳴らすアラームを止めると、真横にノートが置いてあるのを目に留めた。そして、昨夜の会議を思い返し、改めて精査するべくページを開いた。
――朝はショッピング、水族館、昼はカフェでランチ、それから映画を観て、夜はホテルのディナー、夜景を眺めて、一夜を共にする。翌朝、解散。
以上が一晩掛けて、三人がかりで考えた『最高のデートプラン』だった。アズールは眉間に皺を寄せながら、それをじっと眺め、天井を仰いだ。
「どうなんだ、これ……」
本当にこれは楽しいのか、そもそもデートとは何が正しいのか、全く以て分からない。そして、このプランの正しさを証明する術が無い。口を開けて天井を見上げたまま、静かに息を吐いた。人魚が三人揃ったところで、人間にとって良いとされるプランなど解るべくもない。そもそも、誰一人として縁も興味も無いのだ。
それでも、中途半端な結果を渡す事はアズールのプライドが許さなかった。フロイドの言う通り、妙な意地で自信満々に「お任せ下さい」などと安請け合いをしなければ済んだ話である。その事実からは目を逸らし、目覚めてきた頭で制服に着替えながら、懲りずあの二人に案を募る事にした。
「……という事で、何か案はありますか?」
さっさと昼食を済ませて、食堂の真ん中で例のノートを開いた。ジェイドはアズールに合わせて食事を終わらせ、隣からノートを覗き込み「ふむ」と頷く。
「確かに、言われてみればその通りですね。インターネット上の記事やマジカメの意見は主観でしょうし、実際に体験して頂かない事にはどうにも……」
「えー。でも面白そーって言う話で終わったんじゃねーの? 別に良くね? これで駄目だったらアイツが悪いって事でさあ」
「駄目に決まっています。正式な依頼を受けたからには、完璧に返さなければ」
正面で怠そうにパンを食べるフロイドを睨めば、「うえ」と舌を出して顔を顰めた。完全に飽きた時の顔だと理解したジェイドは眉を下げて微笑んだ。
「めんどくさ。二人で行けばいーじゃん、二人で」
「は?」
最後の一口を大口を開けて飲み込んで、フロイドは「ごちそうさま」と席を立つ。
「本当に楽しいのか知りたいんでしょ? じゃ、自分達で行ったら一番分かるんじゃね?」
「お前、自分が関わりたくないからと適当な事を言って!」
「テキトーじゃねーよ。他にもっと良い案があるんだったら、別にしなくていーけどぉ」
「うっ……い、いや、でも流石に……おかしいでしょう! なぜ僕とジェイドが――」
パンの袋を右手で摘まんで、フロイドはアズールに向けて舌を出した。それからジェイドに手を振って、早足で食堂を出て行った。その背中を呆然と見送ったアズールは、続けられなかった文句を緩慢に飲み下して、溜息を吐き出した。
「流石に、無いでしょう。恋人でもない僕達が決行したところで楽しい訳がない」
「……しかしアズール。逆に、こうは考えられませんか?」
頭を抱えていたアズールの視線を自らへ誘導するように、ジェイドの指がノートの紙面を叩く。つられてアズールはその指を追って、『デートプラン』の文字を読む。
「"恋人でもない"僕達でさえ楽しめるプランを作れば、"恋人である"依頼者を満足させられる完璧なプランになるのではないか……と」
額に当てていた手を下ろして、アズールはジェイドの方を見る。ジェイドはいつものように微笑んで、ノートに触れていた右手を自らの胸元へ置いた。
「僕は、別に構いませんよ」
「…………はあー…………」
今一度、ノートに目を通す。ショッピング、水族館、映画、その他諸々。これを目の前の幼馴染と過ごす自分を思い浮かべると、重々しい溜息が漏れる。乗り気で微笑むジェイドを横目で睨みつけ、机を軽く叩いた。
「分かりました、しましょう。デート」
にこり。様々な内心を隠して笑えば、ジェイドもまた笑顔を作った。
その場で『デート』の日取りを決め、昼休憩の終わりと共に解散した。アズールは次の座学を受ける教室へ入るなり、また頭を抱えたくなる衝動を押さえ込んで細く長い息を吐き出した。
不味い。非常に不味い。焦燥を誤魔化すべく足音を鳴らして席を探す。授業の予習をしようにも脳内を占めるのは、その一点だった。
――デートなんかしたら、この気持ちがバレてしまう!
ガタン! と音を立てて席に着いて、乱雑にノートと教科書を机に並べる。広げた本日の範囲が印字されたページの上へ、そのまま肘も付いて頭を抱えた。先程見た涼しげな笑顔を反芻して呻く。あの男は、自分が向けられる感情に気が付けば、それを最大限に利用して揶揄う。馬鹿にする。思いつく限りの恥辱を味わう事になる。
「あああ……」
「…………何やってるんだ?」
「すみません、放っておいて頂けると……」
呆れた声が頭上から降っても、史上最大のピンチに瀕していたアズールはまだ顔を上げられそうになかった。
その一方、魔法薬学室に辿り着いたジェイドはふらふらと席に着いた。いつもながら早く到着していたリドルはそちらをちらりと見遣って、再び予習に戻る。しかし、がたりと揺れた机に顔を顰めてジェイドの方を見る。彼は机に肘を置いて、両手で顔を覆い伏していた。
「……どうしたんだい、キミ」
「いえ」
短く答えて押し黙る。内心で渦巻く感情は、声色にだけは全く出なかった。視線が外れたのを確認してから、静かに息を吐く。抑えども抑えども、緩んだ口角は上がるばかりだった。
◇
デート当日である週末はすぐに訪れた。平日よりは遅いアラームを切りながら、アズールは乱れた銀髪をくしゃりと掻く。たった数日で最良の案は浮かばないが、心の準備だけは出来た。布団を押し退けて足を地面に下ろして、深呼吸をした。
飽くまで今日の目的は、自分達のデートプランの正しさを証明する事である。決して、ジェイドとデートに行くわけでは無い。これは仕事の一環である。そう思い込んで挑む事、それこそがアズールの唯一の盾だった。相手はどこまでも感情に鋭い。恐らく、一日中気を張って過ごす事になるだろうと予期して、昨日は早めに就寝した。それが功を奏して、目覚めは良い。
これは、依頼のための行動。実験と同義。深呼吸を終えると、アズールは確り立ち上がり、クローゼットへ手を掛けた。